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召喚、繋がれと呼ぶ声I |
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そろそろ夜も深い。 めめがねはこの辺りでお暇《いとま》する事にした。 カウンターの向こうに居た店主に軽く手を挙げてから席を立つと、周りからもう帰るのかという声が響いた。 逆にそちらは帰らなくて良いのかと返せば、テーブル席を囲む男達は良かねーけど知らん知らんとゲラゲラ笑って酒を煽る。 酒が抜けた後、真っ青になって家へと走る彼らの姿が容易に想像できたが、今忠告したところで聞き入れまい。 めめがねは小さく肩を竦めて、そのまま何も言わずに店を後にした。 「……ふぅ」 屋外へと出ると、露出した皮膚の上を涼気が一撫でしていく感覚。知らず、細く吐息が漏れた。 店の外と内の気温差は殆ど無い筈だが、店で騒ぐ客達の熱気に当てられたか。それとも桟橋迷路に近い──つまり水辺に近いが故か。 どちらでも良いかと、多少酔いの回った頭で結論付けて、めめがねは宿へと続く道を歩き出した。 *** アルレデドル大島中央の湖に浮かぶ、小さな小さな国。 都市国家が存在しない大島では、そう呼ばれる事も多い聖堂院だが、一つの都として考えるならば法外ともいえる大きさを持つ。 国の中枢を司る各院を内に持ち聖座を埋める八枢機卿を始めとした聖堂院の中核を成す人物が居する、本来の意味での“聖堂院”が建つ宮区だけでも1キロ超。 “聖堂の教え”に関わる、宗教組織としての聖堂院の運営に携わる者達や、その配下組織に所属する者達が暮らす一級区はその5倍以上の面積を誇り、その外側に広がる、聖堂教信徒のみ居住を許された二級区が更に倍。 非商業地域での外民の滞在も許されている三級区や、外郭、桟橋迷路群などを含めれば、その規模は単なる一都市という表現では片付けられないものとなる。 そんな都の端の端。外郭の縁となる街路の殆どは、国外からやってきた旅行者や船員を受け入れるための盛り場となっている。 めめがねは、今日という一日を、その盛り場を巡る事に費やしていた。 様々な店と、そこに集い、騒ぎ楽しみ商う人々。 彼らと時には杯を酌み交わし、時には口論を織り交ぜながら。 めめがねはある事柄についての情報を集め続けた。 その情報とは──以前、聖堂院へと渡る船の中でエンダー達と共に聞いた、『ジルガジルガ』についての情報だ。 *** 凡そ五年。 その周期で訪れる“活性期”──大島全土を覆う様々な因子が活性化する頃──に合わせて開かれるという『ジルガジルガ』は、元々は七王戦争時代から戦後直ぐまで行われていた、七王国首脳による大会議を指す言葉であったらしい。 同盟の旗頭であった聖堂の主たる御子の下に、彼女から霊権を託された六つの王国の代表者が集い、戦中は戦の行方を、戦後は大島の今と未来についてを話し合う場だったのだという。 だが、時が流れるにつれてその会議は徐々に形を失い、変化して。 今では元々の会議、話し合いの場としての要素は殆ど失われ、御子が齎した霊権が、長い時を経た今でもこの大島と、国と、そして民を護っている事を広く知らしめる為の催しへと。 七つの国の代表役となった者達が霊権の力を借りて競い合うという、原形とはかなり形を異とした、競技的な催しへと変わってしまったのだそうだ。 御子より霊権を授けられた各国の王役であり、主役ともいえる“領主《ロード》”。 その乗馬であり、霊権を実際に己の内に取り込んで“領主”の手足となって力を振るう“機馬《ホース》”。 そして“機馬”とそれを駆る“領主”に付き従い、霊権の補助を受けて時には盾となり、時には剣となって主を助ける“騎士《ナイト》”。 各国から選出されたこの三役が一つのチームとなり、主に禁領──それも熟練探求者達ですら立ち入る事の難しい禁領深域《プルガトリウム》にて、それぞれの力を持って争うのが、現在の『ジルガジルガ』であるのだとか。 争うといっても、表立って戦うというわけではなく、勝敗は主に指定目標への到達速度や到達数等で決定される。 例えば禁領深域の完全横断速度や、禁領生態系の頂点──深域の主と呼ばれ、禁種を上回る強存在“深域旗種生物《フラッグ》”の討伐速度を競う、という風な形だ。 勝敗を定める決まりには、“機馬”を前提とした速さを競うという要素が多くみられ、それを考えると、確かにこれは争いというよりも競技──レースに近いものなのだと判った。 過去に準《なぞら》えれば、各国代表者は同盟を結んだ者同士。 完全な敵対ではなく、基本は共に手を取り、外敵と立ち向かうのが正しい姿、という事なのだろう。 とはいえ、各国代表者の直接戦闘が完全に禁じられている訳ではなく、専用のルールに従っての戦闘ならば許可されているそうで、それらの戦いは『ジルガジルガ』の大きな見所の一つに数えられているようだ。 そして、聖堂院へと向かう船で出会った老夫婦も言っていた通り、『ジルガジルガ』の開幕はもう間近に迫っているらしい。 “領主”の選定はほぼ終わり、今は国の方から推挙がない“騎士”の選定を聖堂院にて行っている最中という噂。これが終われば『ジルガジルガ』の役者は出揃ったという形となり、正式に『ジルガジルガ』が開始される事になる。 実際、足を運んだ盛り場の殆どで、現段階で選定を終えて公表されている“領主”や“騎士”、“機馬”についての情報と、一体誰が、どの国が勝つのかという話で盛り上がっていた。 話を聞いている間に、今年は自分の国が勝つ、いやいや自分の国が勝つ、と客同士が殴り合いの喧嘩になる事も多々あり、『ジルガジルガ』という催しは、大島の人々の間に娯楽として広く根付いているらしい事が伺えた。 ──要するに。 『ジルガジルガ』とは、七王国全てが参加し大島全ての民が注目する、国家対抗の一大競争。 島を挙げての、お祭り騒ぎなのだろう。 *** 既に夜の帳に包まれた街の道を、めめがねは行く。 聖堂院の治安は、外民の多い三級区や外郭でも非常に良い。この時間になっても灯りと喧騒に包まれた盛り場の通りから離れ、暗がりの細道へと移っても、それ程周囲を警戒する必要はない。人は少なく、騒ぐ声も遠い。考え事には良い環境だった。 のんびりと道を歩きながら、先刻纏めた『ジルガジルガ』についての情報を反芻《はんすう》する。 既に殆どの“領主”は決定しており、彼らについての話も幾つか聞いた。その中には、ボドワン氏が語っていた内容も含まれていた。 例えば英雄。 例えばダブルファースト。 現在国が公表している“領主”は四人。 聖堂院からの公式発表を経て初めて正式な“領主”となるが、国から事前に公表された“領主”が、聖堂院からの正式告知の段階で変更となる場合は殆どなく、実質的には確定情報といって良い。 中には、既に“領主”だけでなく“機馬”や“騎士”も決定し、その詳細情報を公表している国もある。そして“英雄”と称される男は、些国──サー・エルシア国の“騎士”として発表されていた。 ──……て その情報によれば、彼の素性は宿木に所属する数少ない特級探求者の一人で、単独での禁領深域到達、上級禁種の討伐、禁人種の集団襲撃阻止等々の華々しい経歴を持ち、正に“英雄”に相応しい人物であるらしい。 些国の“騎士”となったのも、彼が過去に些国で起きた重大事件の解決に大きく貢献したからだと言われている。 ──ね…… また、些国の“領主”は正真正銘の王、サー・エルシア王エドワード・エルシア・エイムズが務めるという。 一国の王が、禁領への侵入も含む『ジルガジルガ』に参加などして大丈夫なのか。 探求者としての経験を積んだめめがねからすると非常に危険であるように思えたが、今日一日話を聞いた者達の中で、そういった懸念を持っている者は誰一人としていなかった。 彼らの話し口から察するに、エドワード王自身も武勇で知られた人物だというのもあるが、まず霊権と、それを内蔵する“機馬”に対する絶対的な信頼がその理由であるようだ。 続いてダブルファースト。 その名は辺国の“領主”として公表された男の経歴に由来する。10年前に行われた前々大会、そして5年前に行われた前大会と二度の一位を──、 ──聞……る? 「……?」 めめがねは乱雑な思考を打ち切り、足を止めた。 (何だか、今) 奇妙な声が聞こえたような。 しかし、辺りを見回しても人の姿や気配はなく、ただ、夜闇に包まれた静かな街並みが広がっているだけ。 ──応えて なのに、聞こえた。 めめがねは眉を寄せて、己の耳を僅かに押さえる。 聞こえた。聞こえた筈だ。 (だけど) それは空気を震わせ耳を通して頭に届く、“音”ではなかったように思う。 直接頭の中に響くような、言葉という形を成しているかも危うい声。 ──来て 戸惑うめめがねの心の中に、更に声が届く。 己を呼ぶ声。 微かで淡く、音すら伴っていない呼び声だ。 冷静に考えれば、空耳や幻聴の類と思うのが普通だろう。 しかし容易く空耳と断じ、無視しようとしても。 ──お願い (……何、だ?) 声が帯びる、不自然とも言える“覚悟”の強制が、その選択を躊躇わせる。 届く声に対し、何かの反応を返そうとした瞬間。 “本当にその選択で良いのか”、と。 理由の判らぬ疑念が湧いてくるのだ。 ──どうか 気持ちが悪い。 生じる疑念。その心の動きは、自分の内から生まれてきたものの筈なのに全く理解ができず、故に生まれる強い不快感に、顔が歪むのを抑えられない。 結局、応える事も、拒む事も、無視する事さえ選べずに、めめがねはただ立ち竦む。 ──ここへ だが、そんなめめがねの事などお構い無しに。 ──来てっ!! 声が更に強く。 一言、めめがねを乞う。 撤回を許さぬ、絶対の決断を迫る声。 それに対し、めめがねは──。 ─See you Next phase─ |
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