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接続、三位一体

『召喚、繋がれと呼ぶ声I』後、聖堂院にて「応じる」を選択

 お付きの人に服を着せてもらって、私は部屋に置かれた姿見に自分の身体を映してみる。
 穢れの一切ない、白色の絹布で仕立てた服。節々に施された装飾は多分本物の金を使っていて、細かさも尋常じゃない。でも嫌らしさは無くて、正装だけど盛装ではない、みたいな、そんな感じの服だ。儀式に臨む為の服なのだから、派手さなんて要らないんだろうけども。
 そのまま両手を広げて、身体をひねってみたり、軽く裾を直してみたり。
 似合っているかというと、個人的な感想で言えば微妙、といった感じ。私は背があまり無いのと、髪の色と質が軽いせいで、こういう真っ白でだぼだぼとした服を着るとどうにも締まらないのだ。まるで子供みたいになる。せめて身体の線が出る服なら、その辺りの印象はもうちょっと改善されるんだけど、まぁ仕方ない。
 そんな事を考えながら視線を少し上へ、鏡を境に自分と視線を合わせる。
 緑色の瞳は何だか眠そうで、表情も冴えない。我ながら感情や状態が顔に出すぎである。何ともいえない気分になり、それによって更に顔が曇るという、判りやすい悪循環。
 いけないいけないと首を振って、私は居住まいを正す。

「……重たい」

 背筋を伸ばした瞬間、肩にずっしりと来た感触に、思わず声が漏れた。
 誰も一言も話さず、衣擦れの音だけが響いていた部屋の中でのその呟きは、嫌な感じで狭い室内に響いた。私は居心地悪く視線を泳がせる。
 声は聞こえていただろうに、直ぐ傍に控えている着替えを手伝ってくれた女の人達は誰も反応してくれなかった。ただじっと、同じ姿勢のまま微動だにしない。
 きっと、今彼女達が手間をかけて着せてくれたこの服を、私が半狂乱になりながら破り捨てたとしても、彼女等は顔色一つ変えずに、淡々と新しい服を用意するだけだろう。

 なのに、

「ね、これ、どう? 似合うかな?」

 と、判っているのに話を振る自分もどうかと思うが。
 私は無理な笑顔を浮かべて直ぐ傍に居た女の人を見るが、彼女はこちらの声なんてまるで聞こえなかったかのように、視線すら向けてくれない。
 そのまま一秒、二秒と頑張って笑顔を向け続けた私だったが、五秒目辺りで心が折れた。
 深々と溜息。一度ゆるりと首を振ってから視線を姿見に戻すが、そんなわざとらしい態度に対しても、傍に控える彼女達の気配が微塵も揺らがない。小さな部屋に積もっていく沈黙が痛い。

(ていうか)

 客人をそんな気持ちにさせるなんて、侍従失格だろうに。
 昔はともかく、今の私は慧国のそれなりな地位にある家に居る。侍従という職務に忠実で、主や客人に対して全く感情を見せない者達と接する機会も、その立場なりにあった。慣れない頃はそういった人達の姿がとても新鮮で、その徹底した態度と姿勢に、感心と尊敬の念を抱いたものだ。けれど、眼の前に居る彼女達には、そういった気持ちが全く湧いてこない。
 生み出している空気が違う。
 何と言うか、態度は一見同じように見えるけれど、実は別物とか、そんな感じ。
 主やその客人に対する徹底した気遣いの結果ではなく、中身の無い人形がただ指示通りに動いてるような。
 そんな気持ち悪さが、この人達にはあった。

(……何なんだろうね、本当)

 聖堂院特有の教育故なのか、この人達だけがこうなのか。
 どちらであれ、良い印象には結び付きそうにない。

 兎に角、今のこの状況が至極居心地悪いのは確かで、

「クロエ・シャルトール様。お時間です」

「──あ、はいっ」

 ドアの向こうから掛かった声に、助かった、と思う。私は服の裾を引き摺りながら、慌てて部屋を出た。

 先を歩く案内役の人──この人も女の人だ。地味に気を遣ってくれてるのだろうか──に従って、既に何度か通り、覚えてしまった道筋を歩く。
 廊下の光源は壁に取り付けられた術法結晶が生み出す淡い輝きだけなので、大分薄暗く、足元がはっきりとしない。せめて窓があればもう少しマシなのだろうかと思うけれど、今の時刻を考えると、もし窓があったとしても大して変わらないかとも思う。
 ちなみに、今は真夜中も真夜中。普段ならとっくに寝ている時間で、お陰で眠くて仕方が無い。徹夜なんてまったく出来ない人なのだ、私は。
 セサルはよく一晩中作業を続けて、朝になってもそのまま起きてたりするけれど、私からすると同じ人間とは思えない。

「っ、とと」

 バランスを崩して、しかし何とか転ばないように踏み止まる。この服は裾が地面を擦る程長い癖に、ドレス等と違って歩くための工夫が全くされていないから、兎に角足が引っかかるのだ。
 ほっと安心して顔を上げれば、前を歩いていた案内役の女性が足を止めてこちらを待ってくれていた。何となく愛想笑いを返すと、

「…………」

 彼女は大丈夫と判断したのか歩行を再開。
 何か言ってくれたらもう少し空気が軽くなるんだけどー、と思いながら、私は彼女の後に続く。
 ……敵地感が半端無い。

(それにしても)

 全く同一ではないが私と似たような服を着ている筈なのに、彼女の歩みは全く危なげが無い。
 やはり慣れだろうか。私の運動神経が鈍いという可能性はあまり考えたくない。
 運動神経の鈍い戯馬操主《キャバリーユーザー》とか、何の冗談だ。

 そうして暫く廊下を右へ左へと歩いて、いつもの広間に到着。

(あー)

 広間正面の大扉を潜り入ってきた私に、広間を埋め尽くしていた大勢の人々の視線が一斉に突き刺さり、びくりと身体が強張った。

 何度来ても慣れない。私は冷や汗を掻きながら広間を進み、聖堂院の白長衣に身を包んだ彼らが作る円陣の中央、床に描かれている複雑な模様の中心へと歩く。
 その間も視線はざくざくと突き刺さったまま。見世物じゃないんだから、と思うけれど、よくよく考えると見世物なのかな、とも思う。

 ──国で催された“選抜式”に最後まで勝ち残り、七王国挙げての一大祭典『ジルガジルガ』の“領主《ロード》”として参加する事になったのは、未成年の女の子でした。

 うん、こう考えると大分見世物っぽい。多分、私が第三者の立場ならかなり注目する。
 場違いなところに迷い込んでしまったかわいそうな子を、面白おかしく愛でる視線で。
 これに“戯馬操主としての競技経験あり”という情報を足すと、多少マシになるかもだけど、本当に多少でしかないだろうし。
 まったくもって、心細いことこの上ない。
 聖堂院側からは宮区への立ち入りは“領主”のみ、との指示はあったけど、セサルももうちょっとは食い下がってくれて良かったんじゃないだろうか。なんか別れ際、面倒な事に巻き込まれずに済んだみたいな顔をしていたのが恨めしい。約束通りにちゃんと迎えに来てくれなかったらホントにどうしてくれようか。

 などと考えている間に広間に集まった人達の歌が始まり、床の模様が淡い輝きを放ち始める。さっそく儀式の準備開始らしい。
 とはいえ、私の出番はまだ先で、広間に居る人たちが歌ったり動いたりと忙しく準備を行う中、ぼんやりと立っている以外やる事無いのだけども。

 ──ちなみに、私がこんな夜中にこんなところで何をやらされるかというと、“騎士《ナイト》”の選定儀式である。
 各“領主”に最適な“騎士”を、勝手に検索し、発見し、そして接触し、更に契約を結ぶ。聖堂院には、そんな『ジルガジルガ』の為だけに編み出された、便利極まりない術式があるそうで。
 私の出身国のような、“領主は取り敢えずこっち決めとくけど、残りの騎士とか機馬とかは運営側で何とかしてね”という投げやりな態度の国の“領主”は、この術式を利用して“騎士”様を決めるのが通例なんだとか。

 私がぼんやりそんな事を思い出している内に儀式の準備はどんどんと進んで、部屋に広がる歌──術法のための句の詠唱は、色々な声が部屋中に反響した結果、もう何を言っているのか素人である私にはさっぱり判らないレベル。木霊する音に自分が延々叩かれるような感じで、段々くらくらしてくる。

 そんな中、一人の男の人が私の方へと近づいてきて、身振りで合図。


 服が他の人達よりも立派なので多分聖堂院の偉い人なのだろうけど、その辺りの事情はさっぱりだった。
 実は慧国から殆ど出たこと無いのです、私。
 他の国のことなんて知りません。
 取り敢えず了解の頷きだけ返して、私は教わった通りの動作をした後、袖裏に仕込まれていた結晶を取り出し、床に思い切り叩きつけた。

 ぱりん、と。

 甲高い音が響いて、そして床に刻まれていた模様が強烈な閃光を放つ。術法が起動した証だ。
 それを見届けてから、私は掌を組んでむむむと集中開始。
 ここから、私は心の中で自分の“騎士”になる資格がありそうな人に対して、一生懸命呼び掛けなければならない。
 まあ、人を探す“探知”の部分は、足元の模様と、私の周りに一杯居る聖堂院の人達が構成する術法でやってくれるらしいのだけど。

(そろそろ成功してくれないものかなぁ……)

 実はこの儀式、今日で既に四回目なのだ。
 前の三回は、“騎士”候補が術法による探知に引っかからなかったとかで、呼び掛け以前の段階で失敗している。
 私が悪いのかな、と三回目の後にそれとなく訊いてみると、まだ術式を私に合わせて調整が出来ていなかったから、みたいなご返事。どうやら前の三回はその調整や慣らしメインだったらしくて。
 そうならそうと言ってくれればいいのに初回とか滅茶苦茶緊張してて超真面目にやった私が馬鹿みたいー、とその時は微妙な気分になったものだ。
 というか、今現在も微妙な気分。
 だけど、いつまでもそんな気分を引き摺っていても仕方がない。私は一度大きく深呼吸して、気分を切り替える。

(……さて)

 昨日はここから三時間近く、この体勢での待機を強要された訳だけど、果たして今日は何時間──、

「──ッ?」


 く、と頭に何かが引っかかるような感触。思考が一瞬止まり、私は反射的にこめかみを指で押さえる。
 不思議な感覚だ。痛みがあった訳ではないけど、何か、何処かに意識が引っ張られているような?
 そんな風に、自分の中に生まれた感触を分析していると、

「“騎士”対象探知。霊権同調適性優、領主同調適性良、禁領侵入適性優、精神掌握影響不可、いや、可か? ──“領主”殿っ!」

「ぅえっ!?」

 突然、先ほどの男性の大声が私を打つ。意識を外に向けていなかった私は、不意を打たれてびくりと飛び上がって、

「呼び掛けを。早く!」

「あ、ああ……ええと」

 あわあわと手を組み直し、意識を集中する。
 事前に言われていたのは、合図があれば術法が指示する場所へと向けて、自分のところへ来てくれと、兎に角こっちに来いと訴えれば良い、という話だった。呼び掛けに相手が応えてくれたなら、術は無事成功らしい。
 その話を聞いた時には、“術法が指示する場所”というのがさっぱり判らなかったのだが、

(こういう事、かな)

 自分の頭の中に引っかかった何か。
 そこに意識を向けようとすると、視界が二重写しになって、広間の風景だけではなく、街の物静かな夜道が重なった。多分これが術法の指示、という奴だろう。
 なら、これに目掛けて、呼び掛けを。ええと。

 ──こっちへ来て

 と、思考してから考える。
 重なる視界の中に、人の姿が見当たらない。単なる景色に向かって呼び掛けるのが私の役目ではない筈だ。
 私は私の“騎士”候補に向けて、この心の声を届けなければならない筈。

 ──ねぇ

 呼び掛けながら、私は二重写しの景色の中で視線を動かし、対象を探す。
 右へ、左へ。重なる夜の街の景色は時には薄らぎ、時には揺らいで、いつ消え去ってもおかしくないように思えて。私はおっかなびっくり、夜の街中を泳いでいく。
 それからの時間の感覚はあやふやだ。
 視界がおかしくなっている上に、耳に届くのは大勢の人の歌声。意識の焦点は心の中へと向けていて、身体はふわふわとしっぱなし。目に映るもう一つの風景は、私が意識をすれば多少は動いてくれるものの、軽快さからは程遠く、それが余計に時間の感覚を狂わせていた。

 恐らくは一時間。
 下手をすれば三時間。
 もしかしたら五分も過ぎていないかも。

 それくらいの時間が経った頃、何度も何度も繰り返していた呼び掛けに対して、

「……ぅ、ん?」

 私は小さく呻く。
 何か、波のようなものが返って来た、ような。

「発見、対象確定。“領主”殿、そのままお願いします」

 と、声が遠くから聞こえた気がしたけれど、意識を内側に向けていた私の耳は、そんな言葉なんて素通りで。
 ようやく返って来た反応のようなものに嬉しくなって、更に声を投げかける。


 一度、二度、三度。
 呼び掛けるたびに、波が街の何処かから返って来る。
 私は波の出所へと視線を向けながら、同時にその波の正体が強い困惑の意思であることを察していた。
 そりゃそうだよ、と思う。
 相手に私の呼び掛けがどう聞こえているのかは判らないが、反応があったという事は、何らかの形で届いているのだろう。
 だが、それがまともな形である可能性は極めて低い。もし逆の立場なら私も酷く困惑していたに違いない。

 それでも、

(見つけたんだから)

 私の“騎士”様。
 ご愁傷様だけど、ここで逃がすつもりなんて更々無い。
 眠い中、一人ぼっちの見世物状態で、何日も何日もこんな事をやらされているのだ。
 いい加減、終わらせてやる。

「どうか」

 私は強く強く意志を込めて、声を放つ。
 それはもう、“心の中で呼び掛ける”なんてかわいげのあるものじゃなくて。
 そして、「どうか」なんて言いながら、実は頼むなんてつもりもまったく無い、

「ここへ」

 掴まえ、引き寄せ、有無を言わさず従えるような。
 そんな、主の言葉。

「──来てっ!!」

 瞬間。
 今まで迷いに満ちていた波から強い決意の気配が返り、そして私の眼の前には、白光に包まれた巨大な扉が、何も無い空間から染み出るように姿を現した。
 床の模様が火花を散らして弾け、広間に満ちていた歌が途絶え、周りを囲む白の衣服がどよめきと共に揺れる。
 そして誰もが見つめる中、僅かに浮かぶ形で現れた巨大な扉が、音も無く開いた。
 扉の奥は濃い光に満ちていて見通す事は出来ない。あまりの眩しさに私は顔を覆おうとして、

(……人?)

 しかし、扉の奥から一つの人影が吐き出されるのを見て、その動きを止めた。
 どしゃりと、床へと重い音を立てて人影が落ちて、宙に浮かんでいた白光の扉が光の礫となって弾ける。
 床の模様に走っていた火花は消え去り、礫となった光も数瞬の間も置かず宙に解けて。最終的に広間の中央に残されたのは、呆然と目を見開く私と、頭をふりふり、呻き声と共に床から身を起こそうとするひとりの人物。


 膝立ちとなったその人は、鈍い動きでまず周りを見回し、まったく状況が理解できないという表情を浮かべ、そして正面に立つ私を見上げた。

 私の“騎士”と目が合う。

「「あ」」

 同時、驚きの声が重なった。

 けれどそれも仕方が無い。
 だって、私の前に現れたのは。

「……めめがね、さん?」

 ──そう、その人は。

 以前、私達を助けてくれた“探求者さん”だったんだから。


     ***

 部屋の中央に置かれた寝台の上に座り込んだめめがねは、一つの溜息の後、部屋の中を改めて見回した。

 清潔ではあるが、物の少ない部屋。置かれているのは大きな寝台が一つだけで、棚すらない。眠る事しかやる事が無い部屋だ。
 部屋の壁は鉄製でしかも分厚く、破る事は到底出来そうにない。窓は壁の上の方に、横長いものが幾つか。窓には何も嵌め込まれていなかったが、縦幅は手が辛うじて通る程度のもので、そこから部屋の外へと出ようとするには、かなり曲芸じみた真似をする必要があるだろう。
 他に目に付くものは、床や壁に刻まれた巨大な模様だ。淡く点滅を繰り返すその模様は、恐らくこの世界で使われる術のようなものか。一体どういう効果を持つものかは判らないが、予想を立てるとするなら、自分をこの部屋から逃がさないようにする為の術と見るのが妥当か。
 部屋の出入り口となるドアは一つ。しかしそのドアの表面にも、床と同様の複雑な模様が刻まれ、仄かな輝きを放っていた。先刻おっかなびっくり触ってみたが、押しても引いても開く気配は全くのゼロ。物理的な鍵ではなく、術を絡めた封印や結界に近い施錠処置が行われているように思えた。恐らくはドア表面で輝く模様がそれなのだろう。

 ドアから視線を外し、めめがねはまた上を見る。
 壁と天井の境に設けられた窓から見える空は、未だ濃い闇の中。
 どうやら、あのいきなりの出来事から、まだそう時間は経っていないようだ。

(にしても……)

 一体何だったのだろうか。
 めめがねは寝台の上にぼふんと倒れ込みつつ、街路で謎の声を聞いてから、この部屋へとやってくるまでの顛末を思い返す。

     ***

 奇妙な“覚悟”を要求する、音無き求め。
 それに応じる意志をめめがねが示した瞬間、

「っ!?」

 目に見えるもの総てが滲むように輪郭を失い、足元が音も無く砕け散った。
 続いて、一気に見当感が失われ、まるで溶けてうねる色彩の中、宙に放り出されたかのような感覚がめめがねを襲う。
 だが、戸惑う間も無く、うねった色彩は一度大きく捻れた後、倍の速度で元へと戻っていった。

 天地が生まれ、形が造られ、色が蘇る。

 しかし何もかもが元に戻ったわけではない。めめがねの平衡感覚は失われたままで、そして──。

「あ」

 呻く。


 まるで、箱舟から書の世界へと入り込んだ時のように、自分を包む環境が、全くの別物へと変化していた。

 夜の街路ではなく、巨大な広間の中央。
 唖然とするめめがねの周りには、白色の正装を纏った大勢の人影があり。
 眼の前には、驚きの表情でこちらを見て固まる金髪の女。



「……めめがね、さん?」

 この“ジルガ・ジルガ”の世界へとやってきた時に出会った──確か、クロエという名の少女の姿があった。

 だが、己の名を呼んだ彼女に何か言葉を返す間も無く。

「──っ、が!」

 周りを囲う人垣の中から飛び出してきた長槌の群れが、めめがねの身体を床へと押さえ込んだ。
 反射的に弾き飛ばそうとするが、しかし先刻の現象が尾を引いているのか身体に力が入らず、まともに抵抗する事も出来ない。
 そのまま体重を掛けられ、完全に取り押さえられる。

「ちょ、ちょっと! あなた達、何するのっ!?」

 クロエが悲鳴とも怒声ともつかない声を上げるが、その彼女も脇から現れた白長衣の者達に押さえられて、こちらの傍から引き離された。そのまま引き摺られるように彼女の金髪と声が遠ざかり、人垣の向こうへと消えていく。

 その間にめめがねの両肩と両腕に何かが貼り付けられた。同時に両の手が勝手に後ろ手に回され、手首ががっちりと固定される。身体拘束の術の一種か。
 こうなるとどうしようもない。
 これ以上の抵抗は無駄か、とめめがねは身体から力を抜いた。

「落ち着いただろうか」

 そこへ上からの静かな声。めめがねが睨むようにそちらを見上げれば、周りを囲う者達とは少しばかり形状の異なる白衣を着た、一人の男の姿があった。

「多少手荒な真似をさせてもらったが、我々はあなたに対し危害を加えるつもりはない」

 抜け抜けといってくれる。
 めめがねが睨む目つきを更に厳しくするが、男は軽く瞼を閉じる仕草だけでそれを受け流す。

「あくまで、召喚直後の錯乱状態を脱するまでの緊急処置だと思っていただきたい。既に今のあなたは国の代表たる“騎士”の一人だ。それを害なすことは出来ないし、何より、あなたをここへ呼び出したのは我々だ。客人としての遇はさせていただく」

 これが客に対する扱いか、と激昂しかけためめがねだったが、

(……騎士? 代表?)

 何を言っている、この男は。
 いや、そもそもこの状況は何だ? そうだ、怒りを撒き散らしている場合ではない。冷静に、まずこの自分が置かれている状況を正確に認識しなければ。
 思い、めめがねは目を一度閉じると大きく息を吸い、そして吐く。

「どうやら、落ち着いたようだな」

 そんなめめがねの様子を見て、男は重い声で呟き、

「細かい説明は、後で適任者を寄越そう。申し訳ないが、今夜はこちらが用意した部屋で大人しく休んでいただく。まだ霊権との同期が不安定であるからな」

 男が視線だけで合図をすると、めめがねを取り押さえていた者達が素早く動き、めめがねの両脇に手を入れて身を起こさせる。その動作には、こちらの身の動きを封じに来た時のような荒々しさは無く、本当に立たせる為だけの動きだ。実際、彼らはめめがねが立ったのを確認するとそのまま一歩後ろへ下がってしまった。
 両の腕を封じるだけで十分だと考えているのか。判らないが、少なくともこちらを完全に拘束するというつもりは無いようだ。

「では、部屋へ案内させよう。……ああ、その前に一つ。あなたの名前を訊いておこうか」

 名乗る必要など無い。
 めめがねは無言のまま視線だけを返すと、男は僅かに目を細め、

「そうか。ならばこちらで調べさせてもらおう」

 それで話は終わりとばかりに男は踵を返す。両脇に控えていた白長衣の者達が、手にした長槌を伸ばして、めめがねの前で交差させた。めめがねが左右に視線を走らせると、フードの奥に見える顔が広間の向こうに見える小さな扉を示し、がちりと長槌を鳴らす。意図は伝わる。そちらへと行け、という事なのだろう。

「…………」

 両腕が押さえられている上に、何より先刻の異常現象のせいでまだ足が震えている。


 逆らえる状況でもなく、めめがねはその促しに従って歩き出すしかなかった。

     ***

 ──その後。

 今居る寝台一つの小部屋に連行され、簡単な質問──こちらの素性に関わる問いを幾つかされた後、ここでの一泊を強要されて現在に至る。
 質問については、答える義理も無いと殆どを受け流したのだが、しかしこちらの問いも逆に受け流されて、結局何も判らないまま、めめがねは部屋の寝台の上にこうして座っている。

(……どうしたものかな)

 何気なく己の両腕へと視線を向ける。
 既に術による拘束は解かれて自由な状態だ。軽く回してみるが痛みは無く、問題なく動かせる。この部屋に一人残された後暫くして、ひとりでに術が解けたのだ。最初からそういう仕組みになっていたのだろう。
 そして武器も取り上げられてはいない。出来る出来ないは脇に置いて、ここから逃げ出そうと考えられるコンディションではある。

(あるけれど……)

 しかし、それは相手側も判っている事だろう。
 それでいて、武器を残したまま、拘束も解いた。
 つまりは、それでもこちらを逃がさないという、絶対の自信があるのだろうか。

(迂闊に動くのはまずい、か?)

 逆に、こちらにそう思わせることで、動きを封じているという可能性もあるが、どちらにせよ、扉は術により完全に塞がれており、壁は破れず、そして窓から外へと出るのも難しい。原理述を使えば何とかできるかもしれないが、床や壁に刻まれた術が、その対抗術である場合も考えられる。


 少なくとも、今動くのはタイミングとしては宜しくないだろう。

 となると、後は。

「……寝よう」

 改めて、寝台に身体を埋める。
 寝台の質は極めて良く、身体が優しく包み込まれる感触。聖堂院外郭の宿にあった寝台よりも遥かに豪華で、一瞬得したような気分になってしまったのは、恐らく眠気のせいだろう。

 明日になれば、状況はまた変化する筈。
 今は大人しく眠り、それを万全の態勢で待つとしよう。

─See you Next phase─









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