TOP[0]>攻略ルート選択 >リザルトTOP

湖上、央なる宮へ

探求者等級5に上がった後、エルベスーケンから「・NdMv/8h/聖堂院国境守へ」へを選択した時にシナリオが進行

 めめがねは国境守を通過する事にした。

 めめがねは『聖堂院関札』を国境守に提出する事で、今回に限り納税義務を免除された。

     ***

 税を納めためめがねは、国境守に詰める衛士達に見守られながら“門”を潜り、大島中央、聖堂院へ向かう戯馬貨客船に乗り込む。
 橋桁を渡り船内へ。そのまま甲板へと上がっためめがねは、船端付近に覚えのある人影を見つけた。

 鮮明な赤と金、白と黒の色彩──エンダーとアリィである。

 偶然出会えたのだ、軽く声を掛けておくべきかと近づきかけためめがねであったが、二人は何やら旅装の老夫婦らしき者達と歓談中であるようだ。
 そこに割って入っても良いものか。
 一瞬迷い、足を止めためめがねだったが、その不自然な動きが逆に気を惹いてしまったのか。身振りを加えて老夫婦と話していたエンダーの視線が、目敏くこちらを捉えた。

「……あれ。めめがねかよ?」

 彼はこちらの逡巡など全く意に介さず、顔を上げてにやりと笑うと片手を振ってみせる。
 向こうに気付かれてしまったのならば、彼等に話しかけるかどうかを迷う意味も然してない。めめがねはそのまま彼らの傍へと近づいた。

「こんなところで遇うってのもすげー偶然だな。タイミングが良いっつーか」

 確かに、同じ船に同じ時間、こうして乗り込んで出会うというのも凄い確率だ。めめがねは小さな頷きで返して、改めて彼等に目を向ける。

 エンダーとアリィはいつもと変わりない。
 エンダーはにやにやと、しかし嫌味のない笑みを浮かべて気軽な雰囲気。
 アリィは薄い表情のまま、しかし周りを見る視線には他者への緩やかな関心が宿っている。

 めめがねは軽く二人に目礼すると、続いて彼らと相対していた夫婦に視線を向けた。
 二人の年齢は既に老境の域。身なりはそれなりに良く、それでいて旅装も板についているようだ。仕事柄の行商慣れといった雰囲気はなく、道楽の旅、純粋な旅行に慣れている様子だ。
 めめがねが簡単に自己紹介し、続いてエンダーが自分達の知り合いだと補足すると、多少警戒感を示していた夫婦の態度が和らいだ。  二人は最初の印象通りのご夫婦らしく、名は男性がボドワン、女性の方がロールとの事。慧国の南方にある街から、はるばる聖堂院までの旅の途中らしい。

「んで、先刻の話の続きだけどさ。聖堂院ってどんなとこなの? 俺等今日初めてそっちに行くんで、あんま知らなくてさ。──あ、そういやめめがねは知ってんの?」

 エンダーは途中まで夫妻に向けて話をしていた筈なのに、いきなりこっちに振ってきた。
 ええと、とめめがねは反射的に答えを考える。知っている、という程でもないが、簡単な知識はある。
 確か、湖に浮いている巨大な都で……兎に角船が多い?

「湖に浮いているって、島じゃないのかよ?」

 島、ではなかった気がする。どういう構造になっているのかは詳しく知らないが、何だか地面の殆どは石で出来ていたような、と覚束なく答える。

「石? ……なんか凄そうだな。まぁ、凄そうっていや、今見えてるアレもすげーけど。何なのアレ?」

 言ってエンダーが指差すのは、北に聳《そび》える“消失圏”だ。

(何、と言われても)

 あれがどういう現象なのかは知っているが、しかしあれが何なのか。そう問われると答えようがなく、めめがねは肩を竦めるしかない。
 大体、こちらへ中途半端に話を振ってくるのがおかしい。答えるべきは自分ではなく、

「あれは、昔の戦争の終わりに生まれたものだと言われていますね」

 そう。この世界の人々にお願いするのが筋というものだろう。
 うんうんと頷くめめがねの横。代わりに答えてくれたロール夫人に、エンダーは「戦争?」と首を傾げて、

「宿木にあった資料でも偶に見たな、その話。確か“七王戦争”、だっけ?」

「ええ。……貴方達、小さい頃にご両親や年上の人たちから教わりませんでしたか? 私達の街では子供たちにもしっかりと教えておくものなのですけれど、他のところでは違うのかしら」

「ああ、ええと」

 どうやら、この世界では一般常識というレベルの話であったらしい。こういう時、“迷い人”は辛い。
 エンダーは視線を思い切り泳がせ、めめがねに助けを求めるような顔を向けるが、こちらも同様の身。助け舟など出しようもない。
 暫く唸っていたエンダーだが、何処か窺うような上目遣いで夫妻の方を見て、

「……いや、実は俺達、そういう昔話にはあんまり頓着しないド田舎で育ったんだよ。めめがねもな。だから、代わりに色々と教えてもらえると助かるんだけど。その、七王戦争とやらについてもさ」

 嘘自体は下手だが、話自体は上手く続けた。
 そしてその下手な嘘の部分は、事情を知っていなければ気付かれない類のものだ。
 めめがねが素直に感心する中、老夫婦は顔を見合わせる。

「と言われても、正確な話は私達にも出来はしないがね。

何せ──どれくらい昔の話だったかな?」

「五百年ほど前、でしたかしら」

「……ああ、そうだったかな」

 ボドワン氏の独り言のような呟きに、ロール夫人がすかさず言葉を添えた。軽く咳払いをして、ボドワン氏は改めて話し始める。

「その頃、島に大陸の方から移民が大量に渡ってきてね。元々島の情勢は安定している方じゃなくて、無数に存在する小さな国が生まれては滅ぼされを繰り返すような状況だった。そんな時に、当時の島の人口と同じか、それ以上の数の人が島に移ってきて、更には好き勝手に土地を占拠して所有権を主張し始めたらしい」

「……そりゃまた、更に荒れそうな話だな」

 エンダーが呆れ顔で呟くと、夫人が苦笑いで頷く。

「ええ、大荒れで。特に当時は“禁領”が存在してなくて、島中にあの恐ろしい力や存在が溢れていたそうですから。国の王様達はそれを戦争のための武器として利用して、もう無茶苦茶だったそうですよ」

 そういえば、昔は禁領とそれ以外の地域が、現在のようにはっきりと線引きが出来る程明確ではなかった、という記述を宿木の憲章で読んだ記憶がある。

 禁領に満ちる異質な力と、そこに棲む生物の異様な力。

 あれを戦争の道具として転用していたのだ。当時の状況がどれ程凄惨なものであったのか、想像すら難しい。

「大陸から移民が入ってくる前は、まだ人同士の小競り合い程度だったらしい。だが、大陸から流れてきた技術を使って、島に満ちていた土地の力を利用し始めた辺りで、段々とそれだけでは済まない流れになっていったそうでね。最終的には人以外の種も巻き込んでの、アルレデドル全てを戦火に包む大戦争になった」

「それが、七王戦争?」

「正確にはもう少し後の部分が、ですね。その状態が暫く続き、土地は荒れて人々の身も心も荒み、島の全土に末世の気配が漂ってきた頃に、“御子”様が降臨なされます。彼女が表舞台に立ってからを“七王戦争”とするのが一般的かしら?」

「……なんかまた仰々しい名称が出てきたな」

 ──御子。

 その単語は“尊い血筋の子”という取り方も出来るが、夫人が“降臨”という言葉を使った辺り、文字通りの“神の子”という意味での御子、だろうか。

「そうだ。神の力の御印となる“大霊権”を携え、聖堂なるこの世を司る神霊の子。それが御子様」

「神の力……って、まさかマジで神様の子供なのか、それ?」

 胡散臭げな表情を浮かべたエンダーの瞳が、一瞬、隣で茫洋と話を聞くアリィの方へと向く。
 そう、彼女のような例もある。書の世界に於いては、そういったモノが実際に存在するというのも、別段おかしい話ではないのか。

「少なくとも伝承ではそうなっているし、今もそう信じている人達は多いな。私自身は眉唾かとも思っているが、御子様が起こした奇跡のいくつかは今も大島に残っているし、何より“霊権”がある。聖堂院が伝える総てが本当だとは言えないだろうが、全くの嘘だとも言えないだろうな」

「あらあら、捻くれてますねぇ」

「煩いな、茶化すなよ」

 にこにこと笑う夫人の言葉にボドワン氏は苦々しく呟いて、こほんと一つ咳払い。

「……それで話を戻すが。戦争末期に現れた御子様は、聖堂の教えとその信奉者達と共に、戦に囚われた人々を救うべく、争いの終わりを目指して動き始める。彼女は当時無名の弱小国であった六つの国を結び付け、各国に一機ずつ“霊権”による力を授けて、異術法を操る他国の王達と渡り合った。そこから先にも、色々とエピソードはあるが──」

「話している間に、船が聖堂院に着いてしまいますね」

「ああ、だからその辺りは省略するとして……最終的に、御子様は六つの王国と共に大島を統一。その後に起きた、アルレデドル全てを包む大地変を身をもって鎮めて、この世を去られる。同盟を結んでいた六国はそれぞれ禁領を境界として大島の各地を分割統治する事となり、御子様の信奉者達は、大地変により生まれた島中央の湖に居を構えて、御子様が伝えた教えを後世に残すべく活動を開始する。これが“七王戦争”の結末だ」

 そこまで一気に話して、ボドワン氏は深く息をついた。
 めめがねはその間に彼の話を頭の中で纏め、咀嚼《そしゃく》する。
 つまり、聖堂院という国は、戦争当時には御子に付き従って戦い、その後は彼女が唱えた聖堂の理を教え、広めようした人達が興した国、という事か。

「そうなります。湖上の都も、元々は御子様の為に作ったお墓なんだそうです。今の姿は、お墓の上を人が住めるよう拡張していった結果だと言われています」

 ……わざわざ湖の中に墓を築き、更にはその上で生きていこうと考えるとは。
 部外者のめめがねとしてはご苦労様と呆れるしかなく、エンダーもめめがねと似たような表情を浮かべていた。

「聞く限りじゃ、何だか息苦しそうなとこっぽいな、そこ。今もそういう……なんつーか、信者な人たち? が、一杯住んでるところなの?」

 ボドワン氏は白髭を軽く撫でて、暫しの思案。

「今も……まぁ、そうだな。聖堂の教えはアルレデドル中に広がっていて、聖堂院はその総本山という立場にあるから、勿論沢山居る。でも今は、七王国全てを結ぶ中継都市という役目が強くなっているから、それ以外の人たちも多いよ。私達や君達のようにね」

「あー、そりゃ島の中央にありゃなぁ」

「この大島は禁領で各国が分断されているからな。聖堂院との間にも消失圏という障害はあるが、戯馬船を使った水運ならばそれを越える事は簡単だ。陸路で難所や危険生物の多い禁領越えとは違ってね。聖堂の教えは島中に広く深く根付いているから、巡礼のために訪れる人も多く居るな」

「ふぅん。……要するに、あれか。聖堂院って国は──」

 エンダーの小さく呟くような言葉を、夫人が拾い上げ、続ける。

「──アルレデドル大島の、あらゆる意味での中心。そう言ってしまっても過言ではないと思います」


     ***

「…………」

(にしても)

 話が一段落したところで、ふと、今更な疑問が湧く。
 エンダー達とこの夫婦は、一体どういう関係なのだろうか?
 自分がやってくる前から、既に何やらあれこれと話していたが。

「え? ああ」

 めめがねが率直に訊ねると、エンダーがきょとんとした表情を見せる。

「さっき、奥さんの方が橋桁から落ちそうになってたのを拾い上げてな。それで仲良くなった」

 どうやらほぼ初対面らしい。

「ってか。そういや俺、名前とか言ってなかったっけ?」

 エンダーがふと気付いた風に言うと、夫婦が苦笑いしながら頷く。
 先刻見ていた限りではかなり親しげに話していたようだが、その辺りは彼の人懐こく気安い態度のおかげか。
 とはいえ、後から話したこちらより自己紹介が遅いというのもどうなのだろう。めめがねが呆れ混じりにそういうと、エンダーはわたわたと手を振り、

「いやいや、旅の出会いってなそんなもんだろ。わざわざ名乗るのも野暮っつーか。まぁ、めめがねが名乗ったからには、ここはその流れに乗るのが筋だわな」

 言って、エンダーは己の名を告げ、続いて隣のアリィをつついた。
 アリィはエンダーを見て二度三度と瞬きし、

「エンダー?」

「いや、エンダー? じゃねーから。俺の名前じゃなくてお前の名前だ」

「アリィ?」

「何で語尾上がりなのよ。……いや、それも当たり前っちゃ当たり前かもだけど、今はそこ突っ込むところでもないし……」

 悩むエンダーと、それを不思議そうに眺めるアリィ。夫婦はそんな二人を暫し微笑ましそうに眺めてから、ふとめめがねの方へと視線を移した。

「お知り合い、ということは君もエンダーさん達と同じ“探求者”なのかな?」

 皺の目立ち始めた顔に笑みを浮かべ、ボドワン氏がそう話しかけてくる。
 めめがねは素直に頷いて、そして「おや」と首を傾げた。

 そういえば、今自分達が乗っているのは宿木直轄の船だ。乗り込む人々はその関係者にほぼ限定されている筈。
 という事は、この夫妻も宿木関係の人々なのだろうか?

 疑問をそのまま口にすると、夫妻は顔を見合わせて、どう説明するかと若干悩むような仕草を見せた後。

「私達が関係者、という訳ではなくて、私達の息子が関係者なんだよ。聖堂院との折衝をする仕事を任されているとかで、聖堂院の都の方で暮らしている。今回の旅も、その子に呼ばれてのものでね」

「呼ばれた、って何か息子さんの方で問題でもあったのか?」

 少し調子を落として訊ねるエンダーに、夫人の方がいえいえとにこやかに首を振る。

「今年は『ジルガジルガ』の年ですから。いつも開幕戦は家族みんなで見に行っていたんですけれど、今はあの子も独り立ちしたから、一緒は無理かなって話していて」

 でも、

「先日あの子の方から、『特等席の優先権を手に入れたから、こっちに来て一緒に見ないか』って誘ってくれたんです。うちの人は昔から『ジルガジルガ』が大好きだったから、もう喜んじゃって喜んじゃって。話が来てから、ずっとそわそわしっぱなしなんですよ」

「おいおい、止めてくれよ恥ずかしい」

「あら、本当の事じゃないですか」

「だとしても、わざわざ人にいう事じゃないだろう?」

 と、老夫婦は仲が良さそうに会話を続けるが、対するめめがね達は夫人の言葉の中に混じっていた、とある単語に気が向いていた。

「──ジルガジルガ」

 小さくアリィが声を漏らす。彼女を間に挟んで、めめがねとエンダーの視線が一瞬交差した。

 確かそう。
 箱舟の管理者であるツヴァイは、この群書世界の名を“ジルガ・ジルガ”と呼んでいた。

 それと同じ言葉を、本の中でも聞くことが出来るとは。

「…………」

 いや、違う。めめがねは浅く首を振り、一瞬前の自らの考えを否定する。
 例え筋書きのない群書につける名であっても、その本の中身に全く則したものであるのは何らおかしい事ではない。寧ろ当然だ。
 ここで重要なのは、『ジルガジルガ』という言葉が、この世界で一体どういう意味を持っているのか、だ。

 アリィ越し、エンダーも同様のことを考えているのが表情で判った。
 彼は問いの声を放とうとしていためめがねに軽く目配せして、一歩前へと出る。

「あの、ちょっと良いか?」

 言い合っていた二人は口を止めて、きょとんとエンダーの方を見た。

「どうしたね?」

「一つ教えて欲しいんだけど──『ジルガジルガ』って、何?」

     ***

「あー、んー」

 湖上に浮かぶ巨大都市、聖堂院の外郭地。
 桟橋迷路群を囲う大桟橋の上で、エンダーは大きく身体を伸ばすと、こきこきと二度ほど肩を鳴らしてから深々と吐息。

「……いやぁ。長かったな、話」

 時折こちらに振り返りながら、ゆっくりとした足取りで桟橋の向こうへ消えていく老夫婦の背を見送っていためめがねは、エンダーの疲れが混じった言葉に苦笑しつつ頷いた。

「あの爺さん、ホントに『ジルガジルガ』ってのが好きなんだな。まさか船が港を出てからここに着くまでの間中、延々熱く語られるとは予想してなかったわ。アリィも、大丈夫かよ?」

「?」



 げんなりとしているめめがねとエンダーとは対照的に、アリィは常の状態のまま。エンダーの問いにも、目を数度瞬かせて僅かな疑問の意を示すだけだ。

「……大丈夫そうな。どうせお前の事だから、全く聞き流してそうに見えて、実はしっかり真面目に聞いてたんだろうけど」

「エンダーは、聞いていませんでした、ですか」

 小さく唇を動かすアリィに、エンダーは「あー」と抜けた声を返す。

「いや、俺もちゃんと聞いてたよ? 聞いてたけども……なぁ?」

 同意を求める声に、めめがねは浮かべていた苦笑を濃くする。

 老夫婦──特にボドワン氏は、ロール夫人が言っていた通り『ジルガジルガ』の大ファンだったようで、あれやこれやと事細かに教えてくれたのは良かったのだが。
 とある事柄に対して熱を上げている人間が、他人に対してそれを語る時に起こりやすい、至極ありがちな展開、というべきか。
 ボドワン氏の語りは、聞き手側の前提知識を全く無視した話題の羅列や、話す本人の中では繋がっているのだろうが、傍で聞いてると全く繋がりの見出せない話の転換等が目白押しで、それらの話を自分の中で理解できる形に整え、纏めるのも一苦労。
 しかも、その作業をやっている間にボドワン氏の方は更にヒートアップしつつ話を続けていて、途中、幾度かのロール夫人の助け舟が無ければ、完全に話に置いていかれていただろう。


「ただまぁ、それでも殆ど良く判らんままな感じなんだが。めめがねはどうよ?」

「…………」

 めめがねも同様だった。判ったのは精々、『ジルガジルガ』とやらが数年に一度の間隔で行われる何らかの競争であるらしい事と、それに七王国総てが絡む事、くらいか。
 後は、今年もダブルファーストが勝つだの、対抗は英雄殿、ダークホースはカリヤ辺りだの、うちの国は前回と違って何故ああもやる気がないのかだのと、こちらにはさっぱり意味の判らない言葉の羅列ばかりで、正直お手上げという他無かった。
 肩を竦めてみせるめめがねに、エンダーは「だよなぁ」とまた嘆息。

「……んー。まぁ、取り敢えず聖堂院に着いた事だし、気分切り替えて早速観光──と行きたい所だけど、今日はちと疲れたから、先に宿探して休むかな。めめがねはどうする? 一緒に行くか?」

 断る理由もない。素直に頷こうとしためめがねだったが、その動きがふと途中で止まる。

「どした? なんか用事有り?」

 大した事ではないのだけども、と前置きして、めめがねは話を続ける。
『ジルガジルガ』についての情報が頭の中に中途半端な形で残っていて、どうも収まりが悪い。それをすっきりさせるために、もう少し『ジルガジルガ』についての話を聞いてみたい、と。

 ボドワン氏のような熱心なファンからだけでなく、もっと広く、別の視点からの話を聞くことが出来れば、このもやもやとした感じも無くなるのではないか。そう思ったのだ。

「成程な。そりゃ勉強熱心で結構な事だが……流石に俺はパスだな。これ以上『ジルガジルガ』の話聞いてると頭が痛くなりそうだし。今日はさっさと休むわ。っと、アリィはどうする? めめがねに付いてってみるか?」

「己は、いいえ」

 アリィは視線をエンダーの方へと向けたまま、短く返した。その明確な物言いにエンダーが眼を瞬かせる。

「珍しくはっきり返したな。どした?」

「痛うと」

「んあ?」

 繋がりの見出せない一言に、エンダーが怪訝な声を上げる。
 対し、アリィはぽつぽつと、途切れ途切れに言葉を紡ぐ。

「話を聞くと、痛うなる、のでしょう? “痛みが増えそうな行為はなるべく避けるように”。エンダー、教えてくれた事、です」

「ああ……あの話か」

 それは、傍で聞いていためめがねにはいまいち理解し辛い発言であったが、どうやらエンダーには伝わるものであったらしい。
 彼は何かに思い当たったように小さく声を漏らし、

「……って、いや、ここで言う“頭が痛い”ってのはあの時とはちと意味合いが……だけど……まぁ、いいか」

 ぶつぶつと口の中で言葉を転がしていたエンダーだが、結局それを形にはせず、一つの嘆息に変えて吐き出す。

「取り敢えず、了解。んじゃ、アリィは俺と一緒に宿探しってことで、めめがねとはお別れか。──なんか面白い話でも見っけたら教えてくれな、先輩さん」

 了解とめめがねが手を挙げると、エンダーは軽く頷いて笑い、そのまま桟橋を歩いていく。少し遅れて、アリィが上下の揺れの無い独特の足取りで彼の後ろに続いた。
 遠ざかっていく二つの色が人々の波に完全に埋もれたところで、めめがねは小さく息をつく。

「──さて」

 一人呟き、気分を切り替える。

 では、先刻の思いつきの通り、暫くこの都に留まって『ジルガジルガ』についての話を集めてみるとしよう。

─End of Scene─









画像、データ等の著作権は、 Copyright(C)2008 SQUARE ENIX CO., LTD./(C)DeNA に帰属します。 当サイトにおける画像、データ、文章等の無断転載、および再利用は禁止です。