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自己の確認




アリィ

 それから、どれ程の時間が経っただろうか。
 体感では既に何時間も経過しているように思えるが、 実際は半時間と経っていないだろう。
 ○○は肩を落とし、消沈した様子で空いていた椅子 に腰掛けた。打ち開けた話、降参である。
 話しかけている間、少女がこちらをじっと見てくれて いる事から、自分の話を聞いているというのは判る。
 だが、兎に角反応が鈍い。大抵が無言で、たまに答え が返ってくる事もあるが、独特の言い回しで酷く判りづ らいのだ。寧ろ、○○の話す内容よりも、話す時の小 さな動きや顔の表情などに興味が向いているように見えた。

(どうしたものかな……)

 もうこれ以上の会話は諦めて御暇《おいとま》しよ うか。そんな事まで考え始めた所で、
「失礼します」 背後の扉が唐突に開いた。
 そこから笑みの表情で顔を出すのは、黒ドレスを纏った くすんだ金髪の娘、ツヴァイ。

 救いの女神降臨である。

「○○さん、調子の方はどうです? 御話、弾んで──ひゃ」

 ○○は椅子を蹴るように立ち上がると、部屋に入ろうと していたツヴァイの手を掴んで、そのまま外へと連行した。

     ***

 少女を部屋に置いたまま、細い廊下に出た○○は、 ツヴァイが去ってから今までの流れを掻い摘んで説明。 やっぱりと言わんばかりにくすくすと笑うツヴァイを一度睨んでから、 ○○は表情を改め、彼女に意見を求める。

「神通と、仰ったんですか?」

 顎に手を添え、少しの沈黙の後。確かめるようにツヴァイがそう訊ねてきた。
 声が神通だとか、幸と災に繋がるとか、成してはならないとか、そんな話だった気がする。

「ああ、成程」

 ○○の答えにツヴァイは納得の頷きを残して、そして「そういえば、 最初はそんな設定の人でしたね」と独りごちるように呟く。
 一体彼女がなにを言っているのか判らず○○が説明を求めると、

「実は、先刻服を片付けた後、少し本の中身を確認したんです。 あのお二人が存在していた“単書”を」

 その中で、少女は舞台となる村の住人達から、所謂“神様” として奉られる存在であったのだという。  劇中では、神からの意思を得てそれを人々に伝える “巫”よりも一段上の存在として扱われ、彼女自身が言わば御神体であり 、彼女が紡ぐ言葉。彼女が行う仕草。それらが全て世界の理に繋がるという “設定”らしい。

 ──つまり、どういう事?

「簡単に言えば、あの子が何かをすると、 それに世界が反応するんです。少し手を払うだけで風が巻き 、言葉で何かを指示すれば強制力を持つ。そんな感じですね」

 その答えで、今までの疑問がすっきりと一つに繋がった気がした。
 少女のこちらに対する乏しいリアクション。言葉を紡ぐのもどこかたどたどしく、 なるべく身動きせずにじっとしている事。そして彼女が箱舟に現れた時に着 ていた、腕の動きを封じるまるで拘束衣のような服。
 それらは全て、本の中で彼女が持っていた力に由来していたのだ。

「ああ──」

 だから、最初に○○や少年があれこれと訊ねた時には貝のように 口を閉じていて。
 そして、先程○○が延々話し掛けていた時もなるべく沈黙を通 そうとして、話す時も、何処か恐る恐る、戸惑いながらだったのか?

(……となると)

 中々厄介である。
 こうなってくると、彼女と“言葉”で意思疎通するの は難しいのだろうか。

「いえいえ、そんなに深く考え込まなくても大丈夫ですよ」

 難しい顔で唸っていた○○は、その声に顔を上げる。
 何故と、問う○○に、ツヴァイは一つ微笑みを残して、

「だって、先程の話はあくまで“本の中”での設定ですもの」

 そして○○を置いて、彼女は一人部屋の中へと戻っていく。
 一体どうするつもりなのか。○○は慌てて彼女の後を追った。
 部屋に戻ってきた○○とツヴァイに気づいて、ただ静かに椅子に 座っていた少女が、ゆっくりと顔を上げた。
 ツヴァイは彼女の傍へと歩み寄ると、座る少女の前にしゃがみこ む。そして膝上に置かれた手を取ると、見下ろす静かな瞳を真 っ向から受け止めて、ゆっくりと話し始めた。

 ツヴァイが言うには、こういう事らしい。

 今椅子に座っているこの少女のような、本の世界固 有の“理屈”に強く依存した力を持つ存在は、本の外 へと顕現化した場合──その力の大半を失ってしまう のだという。
 例えば、物語の中で拳一つで世界を滅ぼす魔王や、 あらゆる生物を殺す死神。そんな存在が、もしこの箱 舟に抽出顕現されたとしても、彼らが話の中と全く 同じ力を振るう事はまず不可能。
 何故なら、その力を支えるべき理屈が、この世界 には存在しないからだ。

 本の外へと抽出された存在が、どの程度本の中と同 じ力を持つのかは、その人物と本との縁の切れ具合に よって左右される。つまり、縁が失せている程、それ に由来する力もまた、失われる。
 そして“迷い人”として外の世界に形を持つような 状態に至った場合、その力を忠実に再現する程に縁 が残る事は無い。残っていた場合は──それは、現 実と物語の中での理屈のすり合わせが出来なかった という事であり、その存在は“現実に在らざる者” と判断され、顕現する事も敵わず、文字通り跡形も 無く消え去ってしまう。
 つまり、迷い人として現れた時点で、その存在は元 居た世界に由来する力をほぼ失っているという事になる。

 もっとも、本との縁がそれなりに残っていた場合は、その縁 を遡って元居た本の理屈と繋がり、その力の断片を今居る世界 や、他の群書世界等で再現する事も可能だが、それもあくまで 断片でしかないと。


ツヴァイとアリィ

「だから、貴女があのお屋敷で暮らしていた時のように 、無差別に貴女の力が発揮される事はありません。貴女 はここでは自由に話をしても、物を書いても大丈夫。身 体だって動かしても大体は平気。……自分から、何かを しても大丈夫なんです」

 ツヴァイの言葉に、彼女は目を見開いて暫く無言。
 そんな少女に、ツヴァイは辛抱強く、何処か諭すような声音で、

「今の貴女を縛る物は何もありません。だから、思うままに」

 と告げた。

「思うまま」

 鸚鵡《おうむ》返しに呟く少女。深い戸惑いがその仕 草から見えて、そして、小さく。

「──判りませぬ」

 伏せられた顔、細く開いた唇から漏れたのは、そんな呟きだった。
 理解されなかったのだろうかと少し考える仕草をするツヴァイに、 少女は一度聞いた言葉をもう一度続ける。

「“大巫”は己を、そう定めますれば。己は我等巫の意思を現すもの。 思うことは成りませぬ、語ることは成りませぬ」

「…………」

 ○○は己の顔が渋面になるのを自覚した。
 彼女の言はつまり、今までの少女の態度は、自分の力 を気にしてではなく、単に“大巫”とやらの指示に拘っ ていたからだという事を示していた。
 自分で考え行っていた行動ではなく、意味も深く考え ず、他者からの言いつけをただ守っていただけなのだ としたら、先程ツヴァイが彼女に語った事など、然して意 味を持たない。
 そしてその事実は、彼女の人としての危うさをより際 立たせる結果となる。自分で何かをする、それを考える 力すら、彼女から失われているのかもしれないのだ。

「──そうではありません」

 少女を真剣な瞳で見つめるツヴァイの笑顔は、何時に無く 強張っているように見えた。
 どう見ても人にしか見えない“人形”が、今までより も強い調子で、言い聞かせるように呟く。

「貴女はそうではありません。少なくとも、今の貴女は。 その者の意思を鑑みず、他の者が勝手に定めたモノになど、 露程の意味も無い。それはたとえ造られたモノであっても変 わらない」

 声音には、まるで自分の事を語るように濃い感情が滲 《にじ》み、常に浮かぶ笑顔には、強い意志が籠っていた。

「貴女は、変わるべきです。そして今ならば、変われる筈です 。せめて、己の意思で定めに従う、そう考えられるようになるまで」

「…………」
「理解してくださいな。もう、貴女の全てを決めてくれていた“大巫” という方は居ませんよ?」

「判りませぬ。今の己には、判りませぬ」

 僅かに擦れた声で、きっぱりとそう答える少女の様子に 、気の弱さ等は見えない。
 そう、彼女が本来持つ心が失われている訳でも、弱い訳でもないのだ。
 ただ、それを表に出す事を知らず、そして彼女自身も、己の内にあ るそれに気づかずにいる。
 その事実を見出して、○○は小さく安堵。一瞬ツヴァイの視線 がこちらを向いて、微笑みかけてくる気配から、彼女も○○と 同じように感じた事を知る。
 くすり、と少し肩の力の抜けたツヴァイの笑い声が響き、彼女 の笑みが少々意地悪げなものに変化。

「頑固ですね。まず、その変な言葉遣いから直してさしあ げましょうか?」

「……変?」

「変ですわね。○○さんも、そう思うでしょう?」

 ツヴァイと少女。二つの視線に対し、○○は肩を竦めて一言。

 ──正直、あなた達どっちも変です。

─See you Next phase─


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