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痛みの意味を[2]

     ***

 後ろを振り向き、一拍、二拍。

「何とか、撒いたか」

 エンダーはそう呟くと、漸く脚を緩め、アリィの手を離す。それに合わせてアリィも走る速度を落とし、意識を後方へと向けた。
 先程戦いとなった“揺らぎ”の群れは、既に自分の知覚の範囲外へと出たのか、それとも存在自体が消滅したのか。 その特徴となる現象を見出す事は出来なかった。しかし、よくよく気をつけて周囲を見回すと、所々、今まで見逃していた箇所で微かに感じる。何かが、二重に在るような、そんな感覚。それは群れる事も無く、こちらに近づいてきてもいないが、在るのは確かだ。
 周りに存在する、先刻のものとは別だが同種の“揺らぎ”。取り敢えず、その存在を伝えようとアリィはエンダーに振り返り、

「──しっかし、いきなり何だよあれ。カタチもロクにねぇくせに、あんな……って、おいアリィ!? 大丈夫か!」

 突然、怒鳴るように言われて、アリィは目を瞬かせる。
 大丈夫? 大丈夫。何が大丈夫か判らないが、判らないのなら大丈夫なのだろう。

「大丈夫、です」

「ああそうなのか。……いや、待て待て! 大丈夫じゃないだろ! 手、手!」

「手」

 指差された場所に意識を向ける。
 己の手。掲げてみると、ぼたぼたと、赤い色が肘を伝い床へと滴った。

「ぬおお、血が、血が! もしかしてこれ、最初のあれか? お前に攻撃がモロに“通る”なんて、マジで何なんだ、あれ……」

 いきなり目の前に現れた“揺らぎ”。そこから伸びた形の無い歪みの触手を手で払斜めに幾本もの筋が入り、そこから赤い液体がとくとくと零れて、下へ下へと流れている。
 アリィはそれを暫く興味深く眺め、次に逆の手でその出所をつんつんと突いてみる。そうすると、更に赤い液体が噴出した。



「馬鹿か!! 触るな、触るな! めっ、触っちゃめっ! 怪我してんのに何やってんのお前!」

 エンダーが物凄い剣幕で腕を掴んでくる。
 どうやら、今の自分の行為はやってはいけない事であったらしい。そう感じたアリィは少し気分を沈ませて、しかし疑問だけは口にする。

「……怪我。怪我?」

「ああ、怪我だ怪我。って、おい。まさか、“怪我”が判んないとかねーよな」

 言われて、アリィはふんふんと横に首を振る。それくらいは知っている。何故なら、

「エンダーが、時々しているのを見て、知っています」

 ただ、自分にも起こるものなのかと。
 それが、驚きであっただけで。

「……箱入りとか、深窓とか、そういう域をかなり超えてるよな、お前」

 心底呆れた、という風にエンダーはそう言うが、アリィにはいまいち意味が判らない。少なくとも、自分は箱には入らず、こうして立っていると思うのだけど。

「いや、そういう意味じゃなくて……ま、んなこたぁ今はどうでもいいや。ちょっとそっちの手ぇこっちに寄越せ。応急処置くらいはしてやるから」

「あい」

 意味は判らないが、取り敢えず従ったほうがいいのだろう。
 素直に差し出すと、肘先から落ちていたものが指先へと、液体の流れが変わる。 エンダーはその様子を少しの間動きを止めて眺めてから、おもむろに自分の服に手を掛けて、勢い良くびりびりと破く。

(……ああ)

 服の形が崩れてしまった。左右不揃いとなった彼の外見は少し奇妙、とぼんやり思う間に、エンダーは千切った布に荷物の中から取り出した何かの液体を掛けると、差し出した手をそっと掴み、拭う。
 液体が拭い取られると、傷がより露わになる。エンダーは顔を近づけ、神妙な様子で凝視すると、

「浅いけど、数が多い、か。結構派手にいってんな。つーか、ちゃんと血赤いのなお前。普段の化け物ぶりを見てると、実は色違うんじゃねーかと内心ドキドキしてたんだけど」

「違うのですか」

「いや、一緒だったから安心した。青かったらイカとかクモとかと同類だぜ」

 エンダーは軽い笑みを混ぜつつ、赤い布を丁寧に、素早く巻いて、括り目の部分を腕の方へと持ってくると、強めに締める。

「ほい、お終い。お前、傷の回復能力とか人並みなの?」

「判りませぬ」

「……だよなぁ、まず怪我しねーし。まぁちょくちょく様子見て、探り探りやってくしかねーか……って、あんま動かすな! 解ける!」

 怒られた。

 アリィは具合を確かめるべく開閉させていた五指の動きを止める。

「つーか、あんな切れてたのに何でわきわき手ぇ動かすんだよお前! 痛くないのか!?」

「痛、い?」

「そう、痛い。ビリビリっつーかヒリヒリっつーか、そんな感じするだろ?」

 言われて、アリィは表情を変えぬまま、暫く考えてみる。
 そして、浮かんだ答えをそのまま口に出した。
「判りませぬ」

「いや、判りませぬって、お前……」

 そこまで呟いて、エンダーは考え込むような表情を浮かべながらこちらを見て、

「まさかアリィ。お前、“痛み”が無いのか?」

「?」

 また少し、彼の言葉を考えて、

「判りませぬ」

「判らんって」

 呆れたような声音と表情に、アリィは少し困る。けれど、その答えは自分にとっての真実で、他に答えようが無い。
 何が、エンダーの言う“痛み”なのか。それが判らないから。
 だから、有るのか無いのか。それも判らない。

「……あー、ん、そうか、そうだな。でも、どう言ったらいいんだか」

 アリィが思った事を訥々と返すと、エンダーは、うーん、と腕を組んで首を捻り暫く。
 そして話す内容が固まったのか、小さく一つ頷いてからアリィの目をしっかりと見て口を開く。

「今。お前のこっちの手とあっちの手で、なんか感覚の違いみたいなもの、無いか。動かし難いとかそういうの除けて、先刻言ったみたいな、あー、刺激。刺激がある感じ」

 違い。刺激。
 両の手に意識を向けて、それを感じ、比べてみて、

「あります? ……ありまする」

 ような、気がする。けれど、はっきりとは答えられない。
 何故なら、怪我をした手には確かに刺激がある。だがその刺激は、 アリィにとって“酷くありふれたもので、常に得ていた感覚”だったから。
 覚束ない答えに、しかしエンダーは真面目な顔で頷いて、

「どっちが普段と違う? ああ、手に布巻いてる感触は抜きにしてな」

 それでも、強弱でいえばこちらの方が強い。
 アリィは手当てされた方の腕をゆっくりと上げた。

「なら、そっちに走ってる感覚が“痛み”って奴だ。それは“身体が上げる悲鳴”なんだよ。それが強いほど危ない。下手すると死んじまう。だから、良く覚えておいて、痛みが増えそうな行為はなるべく避けるように。あと、痛くなったら誰かにちゃんと言え。お前の場合、我慢できるできないの境界が無さそうだから、ちょっと怖いわ」

「…………」

「おい、アリィ? 痛み、酷くなってきたか?」

「いえ」

 上げた手から伝わる一つの感覚と、それより弱いが、全身を常に覆う一つの感覚。
 心配げに見上げてくるエンダーと、赤い布に巻かれた自分の手を交互に眺めながら、アリィは少し首を傾げて内心思う。

(身体が上げる、悲鳴)

 それでも、強弱でいえばこちらの方が強い。
 アリィは手当てされた方の腕をゆっくりと上げた。

 ──ならば、己の身体はずっと。
 生まれた時から、ずっと悲鳴を上げ続けていたのだろうか、と。

 ○○は髭頭の頂へ移動した。

     ***

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