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痛みの意味を[1] |
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「ったく、参ったなこれ……。アリィー、
そっちには黒星居なかったかー?」 鼠の人を探して、 ぐるりぐるりと周りを視ていたアリィは、 掛けられた声に反応し、視線をそちらへと向ける。 (赤い人) 道の向こうからやってきたのは、 エンダーという名前の少年。アリィの中では「赤い人」で、 いつも一緒にいる人だ。 社で暮らしていた頃は、見たこともない人。 髪の色も目の色も、黒くない人。 いつも話しかけてくる人。 不思議な人。 「アリィ? おーい、見えてる?」 いつの間にか、彼が目の前で手をひらひらと振っていた。 いけない、と思い、声を返そうとする。だが、どう返そうかと考えて、 先程鼠の人を探していた結果を尋ねられたのを思い出す。 「おりませぬ」 答えると、エンダーは顔を引きつらせ、振っていた手をびたりと止めた。 「マジで! なに、目おかしくなったのか!?」 「……おりませぬ? 見えています」 「どっちだよ!」 首を捻り、暫くの間。どうやら、話題が一つずれていた事に気づく。 どう言えばいいだろうとアリィは少し考えて、 「黒星、居ません。エンダー、見えます」 「……ああ、そういう事な」 伝わったらしい。エンダーの様子が途端静かになった。 その変化を、アリィは淡い安堵と共にじっと見つめる。 この人は、自分の受け答えに対して、 想像出来ない様々な反応を示してくれる。 その事にとても気が惹かれた。 “大巫”や、年毎に入れ替えられる“奉子”達とは違って、 彼には動き、気配、声、表情、それぞれに強い色彩があるのだ。 褪せていない、暗くとも明るくとも変わらない、只々鮮やかな色。 その中で特に映えるのが赤い色で、だからこの人は赤い人。 服が赤いから、というのも勿論あるが。 「にしても、一体何だってんだかな。 “栞”使っても反応全然ねーし。 周りが崩れるのは収まったからいいけど、 俺らだけこんなとこに放っておかれても困るんだがー」 がりがりと頭を掻きながら、 誰に言うでもなくそう呟くエンダーを見下ろしながら、 アリィはぼんやりと思考を巡らせる。 アリィが彼から頼まれていたのは、 鼠の人を見失った場所が視認できる範囲限定での周辺探索だ。 もし黒星がここへ戻ってきた時に、それが判るように距離は離れず、 見える範囲で探す。少年は今まで歩いてきた道を遡り、 その道筋に鼠の人が居ないか探す。そしてどうやら、 そのどちらもが空振りに終わったようだ。 (……居ない) アリィは改めて周りを見回す。 先刻まで傍に居た鼠の人が、 自分の眼で見つけられないのはおかしなことだった。 実のところ、アリィの“眼”の力ならば、周辺の殆どは可視である。 意識すれば、 特定の無機物を選り好みしつつ視通すこともでてることが可能なのである。 故に、彼女にとって見回す──視線を向けるという行為は、 純粋に見るためではなく、 単にそちらに意識を向けるという意味合いが強い。 しかし、それ程の力を持つアリィでも、 あの鼠人の姿を見つけることはできなかった。 代わりに色々な形の大きな生き物が至る所に居るのが判ったが、 それは尋ねられていないので口には出さない。 秘密にしているという訳ではなく、 アリィにとってはどんな凶暴な生物が徘徊していようがそれは注意すべき対象ではなく、全くどうでも良い事だからだ。 「さて、まぁ、暫くここで待機だな。人数はこっちの方が多いんだから本当は探しに行くのも悪くないんだが、何せ俺達は土地鑑ないし。あっちが戻ってくるのを待つ方が上策だろ。……そもそもあの鼠、突然居なくなったから、逸れたって可能性より、一人で本の外に戻ったって可能性の方が高いんだけどな」 「戻った、ですか?」 何となく口をついて出た言葉に、彼は若干不機嫌そうに頷く。 「ああ。なんかあの地面がどんどか跳ねてた時に、 黒星の奴がそんな事言ってた気がしないでもないし。 まぁ、俺はちょっと冗談抜きで他人を気にしてられる状態じゃなかったから殆ど覚えてねーんだけど。アリィはどうよ?」 小さく首を傾ける。 エンダーの怯えた様子──地震というものに遭遇した経験が殆ど無かったらしい──を観察する事に集中していて、全く気にしていなかった。 そう素直に答えると、少年は凄まじく苦々しい表情を浮かべてアリィに何かを言おうとするが、しかし明確な言葉にはせず、ただ深い溜息だけを吐き出す。 「まぁ、いいわ。取り敢えず、持久戦の準備だけはしとくか。栞が箱舟と繋がんねーからマイブックも無理だけど、食い物は……一応手持ちにあるな。道具もあるし、暫くは持つかねぇ」 しゃがみ込んでがさごそと荷物を漁るエンダーをぼんやりと眺めていると、ふと、彼の動きが止まった。 「……何だ、アレ?」 「?」 エンダーはいつの間にか顔を上げて、 ある一点を訝しげに見つめていた。釣られて、 アリィもそちらへと意識を向ける。 (何も無い) そう思いかけて、しかしアリィは違和感を覚える。 目で見える像としては、何も無い空間がうねうねと波打つように歪む様な。 眼で視える像としては、何も無い筈の空間にうっすらと別の何かが重なっている様な。 エンダーの視線の先、凡そ数メートルの位置にあるのはそんな光景だった。 今まで一度も見たことの無い奇妙なソレに、アリィは浅く眉根を寄せて首を傾げ、エンダーは視線は外さぬままにゆっくりと立ち上がる。 「……揺らぎ、か?」 エンダーがそう呟く間に、正体の判らぬそれはゆらゆらと自分達との距離を詰めてくる。隣に立つ少年の気配が強張るのを感じた。だが、アリィは然程気にもせず、その揺らぎが接近してくるのをぼんやりと眺める。 うねり、ねじれ、ゆらぐ。 その奇妙な何か、重なるような何かは、空中を行きつ戻りつ、しかし徐々に距離を詰めて、そして。 ひゅるり、と。 捻れから無形の手が伸びた。 アリィはそれを無造作に、襲い掛かってきた化け物を払い除ける時と同じように、軽く手を振って──。 |
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