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異質の認識



『そのまま通路を暫く進んで、二つ目の出口から屋外に出てください。 そこの正面に生えている樹の根の上にいらっしゃいます』

“栞”から聞こえるツヴァイの声に従い、○○は廊下から外へ。
 元々は城の中の憩いの場、屋外庭園として造られたのであろうそこは、 今はそこかしこから樹が壁や床を突き抜けて生え出して、無秩序な森の如き様相。
 その縁には一際大きな樹が壁と床にへばりつくように伸びており、 そして幅数メートルは越える横たわった幹の上には、赤い人影が一つ。こちらに背を向け、 ぺたんと腰を下ろして遠く城の外を眺めていた。

     ***

 ごつごつとした幹に手を掛けて上へと登り、傍に立った○○が声を掛けると、 赤い少年は物憂げな様子で視線をこちらへ。

エンダー

「ああ、あんたは──確か前に見たな。最初にあのかわい煩い子と一緒に居た、影の薄い奴」

 ……まぁ、殆ど口を開いていないのだし、彼にしてみればその程度の印象になるのは仕方ないだろうか。
 ○○がそのまま隣に腰を降ろすと、少年の膝上に居た木霊が、珍妙な音を発しながら○○の膝上に移動する。 ぽいーんぽいーんと身軽に跳ねる仕草と、横に細く伸びた両目。理由は判らないが、 木霊の機嫌は非常に良好らしい。

「で、何の用だよ」

 問われて、○○は跳ねる黒い玉をつんつんと突きながら考える。
 まず手軽な疑問から行こう。先刻不思議に思ったことを一つ。
 ツヴァイが「何だか慌てて部屋から出て行った」と言っていたが、その理由についてだ。

「あー、それな。……まぁ、その、なんだ」

 途端、少年は片手で顔を覆うと、心底疲れたという風に肩を落とす。

「……相部屋ってのはまぁ、我慢する。部屋自体は俺が住んでたとこより数倍良かったし。けれどもだな」

 覆った指の間から、少年の目だけがこちらを向くのが見えた。

「俺は、同い年くらいな見かけの女に脱がされる趣味も、着せられる趣味もねぇ。 あと、あんな美人の着替えをじっと見てられる程慣れてもねぇ。なんだよあれ、 館の姉ちゃん連中とは別モノじゃん」

 あー、と○○は思わず声を漏らす。
 少年の発言は少々遠回しではあったが、自分があの部屋に訪れる前、 彼の身に何が起きたのかは大体把握した。
 会話の入り口として丁度いいかと振った話題のつもりが、実際はそうでもなかったらしい。

「つーわけで、あんま深く突っ込むな。……って、そういや」

 ひょい、と少年の顔が○○の方へと向く。その様子には先程までの内に籠った様子はなく、 外へと向いた意識。こちらに対する純粋な興味が浮かんでいた。

「あんたって何なの? 確かあの自称人形の──ツヴァイだっけか。あの子が、 このでっかい城の姫様ってのは聞いたけどさ」

 そういえば、自分についての話は殆ど何もしていなかった事に気づく。 ツヴァイに関する認識も微妙に間違っているような気がするが、その訂正より、 今は自分の事を話す方が先だろう。
 とはいえ、記憶の無い自分に語ることなど大して無い。取り敢えず、 少年に自分が目覚めてから今までの事を手短に話して、最後にこう括る。
 細かい所では多少異なるが、君と自分は、所謂同類であるらしい、と。

「成程。つまり、あんたは俺の先輩さんなのな。……の割には、なんか頼りない風に見えるけど」

 その辺りは、こちらも“箱舟”で目覚めて大して時間も経っていない事を差し引いて見て欲しい。
 渋面でそんな事をぼそぼそと呟くと、少年は悪い悪いとケタケタと大声で笑った。
 「ま、色々と教えてくれると助かるよ、先輩さん。……にしても、あれだな。 あんた、こんな状況でよくそんな平気な顔してられんな」

 少年の言葉の意味が判らず、○○は首を傾げる。

「だってほら。正直言って、バカみたいな話じゃん。既に世界は一度滅んじゃってて、 人間は本の中に逃げ込んで、ずっとその中で生きてきた。今まで自分が生活していた場所が、 抱えられるくらいのおっきさの本の中にあったモノだった。 自分は本の中でちょちょっと書かれてる登場人物の一人でしかなかった、 なんてさ。町に偶に来る芝居屋でも、こんな無茶苦茶な話やんないぜ?」

 はは、と少し笑って、少年は視線を○○から外して、城の向こう。 島と、島の淵の先に広がる、雲と翠色の海だけで構成された風景を眺める。

「ホント、バカみたいな話だよ。……大体さ、本って何だよ本って。じゃあ何か?  俺や家族が、あんな生活してたのも作り物だっての? 誰かがそう書いたから、 ああなってたって事? 俺が生きてた場所──“単書”ってのは、そういう本って事だろ?  あの姫様の話を信じるならさ」

 群書と異なり、単書とはごく普通の小説、戯曲、脚本、 詩集等が持つ世界観をそのまま利用して、一つの閉じた世界を生み出す。 つまり、その中で生きる人間達は、誰かが──筆者がそう動くように綴った者達だ。
 だから、ある登場人物が幸福な結末を迎えるのも、ある登場人物が不幸な結末を迎えるのも、 全ては誰かに決められた事。外部干渉等を念頭に入れた特殊な世界を構築されたものであっても、 彼らの“設定”が筆者によって定められたものであるのは変わらない。

「やっぱ改めて考えてみると、納得なんて無理だわ。こんなん認められるわけねーだろ。 今こーしてるここの方が、余程作り物みてーだよ。──なぁ、これ夢だよな? そうだろ?」

 今居るこの場所が、夢であるのか。
 それは、まだ自分にも判らぬ事だった。箱舟と、そして本の中の世界。 そこで得られる感触はほぼ同一で、どちらが現実か、どちらが夢か。 その境を見分ける事はまだ出来ていない。
 己の感性を信じるならば、恐らくは“どちらも現実”、 となるだろうか。少なくとも、“どちらも夢”であると断じるためには、 もう一つ、更に別の“現実”が自分の目の前に現れる必要があるだろう。

 どちらにせよ、今彼に答えるべき言葉を、○○は持たない。
 ただ無言で小さく首を横に振ると、少年は僅かに息を呑んで、そしてはぁー、と深々と嘆息した。

「……まぁ、あんたに言ってもしゃーないよなぁ。夢の中で会った誰かに 『これは夢ですか?』とか訊いても、その答えに意味なんてねーしなぁ……」

 そのまま、少年はごろんと上半身を倒して、樹の幹の上、大の字になって身体を伸ばす。

「ああー、つーかさー! もうこの、目の前に広がってる景色自体が胡散臭いんだよなー。 何だよこの空。突き抜けすぎだろ。この島にしてもこの高さは無いわ。現実だったらもっとこう、 風が超すげーとかないの? なんでこんな穏やかでぽかぽか陽気なのさ。 この辺からして夢臭いっつーか、都合良過ぎっつーか──そんな気しねぇ?」

「…………」

 その疑問に対してなら、○○は彼に答えを見せる事が出来るような気がした。
 突然樹の幹から立ち上がった○○に、少年が目を瞬かせる。

「何。どしたの先輩」

 木霊を肩に乗せて、樹の上から身軽に飛び降りた○○は、 寝そべったまま自分を見る少年に、軽く手招き。
 きっと、彼もあの場所へ行けば、この箱舟が完璧な“都合の良さ” で取り繕われている訳ではない事が判るだろう。

「で、何処行くんだよ」

 階段を降りて、城のエントランスへ。開かれた正面門を抜けて“木霊の庭園” へと出た辺りで、後ろを付いてきていた少年が訊ねてくる。ここまで来る間、 ずっと訊くのを我慢していた気配が漂っていたが、ここに来て我慢できなくなったらしい。

 だが、○○としても答える言葉を明確な形で持っていない。 何せ、明確に“何処”と言えるほど箱舟の地理に詳しい訳でもなく、 もし詳しかったとしても、この箱舟に着たばかりの少年に言って理解できるものではないだろう。

 ただ、先刻の疑問の答えが見つかるかも知れない場所。
 そんな曖昧な言葉で濁して、○○はそのまま移動を再開。 少年の方も多少不満そうにしながらではあるが、口を噤《つぐ》み、 黙って付いてくる。その目には、こちらがはっきりと答えなかった事に対する苛立ちよりも、 興味の方が勝っているように見えた。
 あまり期待されても困るが、彼の“認識”の助けになってくれる事を祈ろう。

     ***

 そうして○○達がやって来たのは、本当に何でもない場所だった。

 ただの、箱舟の淵である。

 中央島の端の端。基盤となるエルアークという船の範囲から半ば外れかけ、 半ば崩れかけた土と、そこからはみ出るように伸び、絡まった樹だけがある。 そんな場所。だが、○○が少年に見せたかったものがここにあった。
「…………」

 眼前の果てしなく続く空と、遥か下方に見える緑色の海、 そして肌に感じる荒々しい風を前にして。少年は表情を固まらせ、暫し無言。

 目の前に広がる圧倒的な光景もさることながら、ここで重要なのは肌が感じる空気の流れだ。
 あれこれと箱舟を歩き回ったときに気づいたのだが、 箱舟を構成する島の内側はどこも気候的には酷く安定している。 だが、外側──淵へと近づくほどにその安定性は失われ、徐々に風は冷え始め、 荒々しいものになっていく。例外は、“老師”の居る箱舟前方先端部と、 中央島で白と緑の城に比較的近い一部地域のみだ。

 城の中や庭園では、どこかぬるま湯に浸かっているような雰囲気すら漂っているが、 しかしこうして箱舟の淵へとやってくれば、しっかりとした“厳しさ”が、 その外に広がっているのが判る。
 島の全ては美しいもので出来上がっている訳ではなく、少し中心から離れるだけで、 こうしていとも簡単にその“都合の良さ”という化けの皮は剥がれるのだ。
 肌を刺す空気の、荒々しくも酷く確かな感触と、雄大ではあるが、 あと数歩前へと踏み出せば容易く命を飲み込むであろう空と海の光景が、それを知らせてくれる。

「……成程ね」

 だから、

「ここは優しいだけ、都合が良いだけの、夢の中って訳じゃない。そういう事か」
 今まではどこか戸惑っていた風な少年。
 その表情、瞳、身体の芯に太く、一本の筋が通るのが判った。

─See you Next phase─

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