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デン・ドー導入部 |
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「罪のとり手」 いつもと変わらぬ町の中で、○○は行商人や旅人が行き交う大通りを歩いていた。 今後の予定に考えを巡らせつつ、一本路地を入る。途端に人の往来は少なくなり、表の賑わいが耳に遠くなった。 路地の左右に並ぶ建物をぼんやりと見送りつつ、そのまま半ブロックばかり進んだ時だった。 (ん……?) ふと妙な気配を感じて、○○は足を止めた。 ほんの一瞬のことだったが、確かに首筋辺りに寒気にもにた感覚が走ったのだ。今のは視線、 あるいは――殺気だろうか? だが、少なくとも腹を空かせた野犬や町のごろつきが発するようなそれではない。 気配の主はもっと静かで落ち着いた何者か、だ。 万が一に備え、慎重に相手の居場所を探る。 「よく気付いたニャ」 声は背後からだった。 振り返ると、いつの間にそこに居たのか、路地の壁際に一匹の黒猫が立っていた。 「……と、言いたいところだが、実はわざと気配を発してみたニャ」 猫は二本の足を軽く組み、右手を壁について軽くもたれている。腰に当てられた左手の下では、 銀色のサーベルが鈍く輝いていた。 黒猫商会の連中と同じ、猫妖精だ。 しかし普段受付でふんぞり返っている奴とは違う。顔つきも異なっているが、 何というか人種……いや猫種が違うように感じられる。 黒猫の姿勢は隙だらけのようにも見えたが、直感的に“油断ならない相手だ”と思わせる何かがあった。 「実を言うと、大通りで貴方を始末することも出来たのニャ」 黒猫がさらりと物騒なことを言った。 その言葉は冗談でないとすれば、どうやらこいつは猫の暗殺者か何かのようだ。 だが、刺客を送られるような覚えがあっただろうか。何か恨みを買うような行動を? ……多少はあったような気がしないでもない。しかし、流石に暗殺される程のことではないと信じたい。 「しかし、時に貴方のようなターゲットを見ると、その技量を試してみたくなることがあるのニャ」 黒猫がすっと姿勢を変えた。右手にサーベルを持ち、だらりと下段に構える。 「貴方もきっとこの気持ちが理解できると思うのニャ。そして、我輩にもこれぐらいの“遊び”は黙認されている、 という訳ニャ」 黒猫が、ぱちりとウインクして見せた。 暗殺者にしては随分ふざけた奴だ。本当に遊びのつもりなのかも知れない。 だとしたら教えてやる必要があるだろう。○○はそこまで軟弱な人間ではない、と。 「我輩は、『罪のとり手』夢次郎。これより暫しの余興にお付き合い頂きたいニャ」 〜戦闘省略〜 勝敗は決した。夢次郎はサーベルを納めると、世間話でもするような調子で語り始めた。 「なかなかのものだニャ。それではここで本題について説明するニャ」 夢次郎は涼しげな様子で腕を組むと、尻尾を揺らしながら近付いてきた。 「まず、我輩を暗殺者だと思っているなら、それは心外だニャ。貴方をあの世に送ることができたとして、 そんな命は幾らにもならんニャ。それよりもっと良い所に招待してやるニャ」 そう言って夢次郎は、どこからか小さな銀色の鈴を取り出して一振りした。 ちりん、と涼しげな音が、奇妙なことに何重にも反響して延々と鳴り続ける。 「とりあえず輸送がめんどくさいのでちょっと寝てもらうニャ。まぁ、心配しなくても次に目覚めた時には新天地だニャ」 その言葉が終わるか終わらないかの内に、○○の意識は深い闇の底へと沈んで――。 気がつくと、○○は壁を背にしてどこかの広間の一角に座らされていた。 辺りは薄暗く、ランタンと思しき灯りが点々と続いている。湿った空気はかび臭い匂いを漂わせており、 雰囲気的には洞窟の中にそっくりだ。 だが、それにしては床が奇妙に人工的だった。 手で地面をなぞってみると陶器とも金属ともつかない滑らかな手触りで、全く起伏のない平面だ。 かといって建物の中かというと、そうでもない。視線を上に送ると、高い天井を構成しているのは露出した岩肌だった。 どう見ても洞窟そのものだ。 一体何なのだろう、ここは。 そこまで考えた時、靴音らしきものが聞こえることに気がついて、○○は思案を止めた。 音のする方を見ると、ゆらゆらと小さく揺れる光が鼻歌混じりに近付いてくる。 また黒猫か、と思ったが、そうでは無かった。 「ようこそ……歓楽叶わぬ地底都市『デン・ドー』へ」 ○○の前に現れたのは、カンテラを掲げた一人の男だった。 男の頭に巻かれたバンダナは色あせてくすんでおり、露出した両腕は土埃と擦り傷にまみれている。 その装いはくたびれた鉱夫のようだったが、鳶色の瞳にはどこか力を感じる光が宿っていた。 「俺は『班長』だ。このかび臭い広場は通称『ホール』。ここデン・ドーの中心部であると同時に、 俺やお前達のねぐらでもある。見れば大体判るだろうが、ここは都市とは名ばかりの単なる遺跡だ。 正確にはその発掘現場、あるいは一種の強制労働所といったところか? 何故お前がここに送られて来たのか、 それについて説明する必要はあるまい」 班長と名乗った男はそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。 強制労働所――どうやら、先の黒猫が言っていた「良い所」とはそういう意味だったらしい。 「さて、この辛気臭い場所での生活が数日で終わるか、数年にも及ぶかはお前次第だ。 今から3つほど覚えておくべきことを言うから、よく聞いとけよ」 班長が真顔に戻る。釣られて何となく○○も居住まいを正した。 「まず1つ、外への出口は『希望の門』だ」 班長が右手の人差し指を立て、数字の1をつくって見せた。 「あっちにあるから後で確認しとけ。ただし、いきなり門に行っても普通は出してはくれない。それについては次だ」 続いて班長が2本目の指を立てる。 「2つ、ここに来た人間には労働ノルマが設定されている。もちろんお前にもだ」 ○○の理解を待つように、班長は一旦言葉を区切った。 「希望の門から外に出られるのは、ノルマを達成した奴だけだ。過去に黒猫の恨みを買ってた奴ほどノルマも多い。 たまに無実の人間が送られてくることもあるが気にするな、そういう奴は0点だ」 一息ついて、班長が3本目の指を立てた。 「そして3つ、カプセルを門に提出しろ。それがノルマ達成の方法だ」 言って班長は右手をポケットに仕舞い、中から親指の先ほどの丸みを帯びたカプセルを取り出した。 灰白色をしたカプセルの外殻には細い六角形の窓が付いており、中がほんのり青く発光しているのが見て取れる。 「これがそのカプセルだ。猫さん達は『エルトロンセル』とか呼んでるが、意味は知らん。 色が青いのは10点だ。他のは少し安くなる。ここで遺跡を掘り返してると時々土砂に混じってこいつが出てくるってわけ。 以上、わかったか?」 班長の説明を頭の中に書き留めながら、○○は首肯で応えた。 「カプセルの入手手段は問わないが、まあ適当な調査区を掘っとけば間違いない。 実はカプセル以外にも点になる物があるんだが、とにかく希望の門に持って行けばカウントされるからどうでも良いか。 生活必需品が欲しい時はスクラップジョーって名の胡散臭い商人を探せ、どっかにいる。 シャワーなんかな勿論無いが、代わりに湖ならある。何が棲んでるかは知らんが、水は綺麗だ安心しろ。 釣りだって出来る。あとは何だ? 説明はこんなところか? 新人が来る度に同じこと言ってるはずなんだが、 必ず何か忘れてる気がするぜ」 不安な事を言ってから、班長が今度は紙切れを取り出した。 「最後にお前の労働ノルマだが……。お? 0点だな。ということは、どうやら無実だ。おめでとう。そのまま真っ直ぐ希望の門に向かえば外に出られるはずだ。ノルマの残ってる仲間と一緒に行くと止められるがな。どうするかはお前次第だ」 最後に班長は「あとはご自由に」と言い残して去っていた。 彼のカンテラが遠ざかるにつれ、ホールは薄暗さを増していく。だが目の方が慣れてきたのか、 むしろ最初よりは遠くまで様子が見えるようになった気がした。 ホールは単純な円形や矩形ではなく、随所で壁が出入りを繰り返して複雑な幾何学模様を描いているようだ。 いつの間にかホールのあちこちに住人と思しき人影が現れていたが、皆一様に精彩を欠いており、 思い思いにくつろぐ姿も何故か影法師のように儚く感じられた。 あまり仲間入りしたい雰囲気ではないが……。 さて、どうしたものか。 ─End of Scene─ |
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