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足場の確認 |
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そして振り返った少年が、○○に何かを言おうとした瞬間。 ぐー、と。 少年の腹から音が鳴った。 「…………」 一度口を閉じて、じっと己の腹を見てから。 少年は頬を掻きつつ○○を見る。 「そういや俺、ここ来てから何も食ってなかったわ。……あんた、食い物持ってる?」 対し、○○はお手上げ、とばかりに肩を竦めてみせた。 残念ながら、手持ちに食料など無い。“群書”の世界であれこれと食べ物を仕入れていても、 あれは言ってみれば本の中専用。ここでは無意味だ。正確には無意味という訳でもないのだが、 モノを彼に手渡す方法が無い。 せめて少年が“挿入栞”を持っていればまだやり様もあるのだが、 「まだ姫様は出来てねーっつってたなー、確か」 との答え。いよいよ手詰まりである。 「取り敢えず、腹落ち着かせたいんだけど……何かないの、ここ?」 問われて、○○は首を傾げる。 少なくとも、ツヴァイからは箱舟での食事に関する詳しい説明は無かった気がする。 「いや、でもさ。俺もあの時は混乱してたし良く覚えてねーんだけど、 一応果物があるみたいな事いってなかったっけ?」 ……言われてみれば、そんな記憶もある。 それに関しては、何か他にも付随する情報があったような気もするのだが── どうも思い出せない。 思い出せないという事は、大した事ではないのだろうけれども。 「となると、狙うはそれだな。で、次の問題はその果物の場所なんだけど……」 ○○が無言で首を横に振ると、少年の顔が情けないものに変わる。 彼とてここにやってきたばかり。○○以上にその地理には疎い。 こうなると、辺りを闇雲に歩き回るか、素直にツヴァイに聞いてみるかしかない訳だが、 この二択ならば後者以外あるまい。 ○○はツヴァイと連絡を取るため、栞に意識を集中しようとして。 「……ん?」 肩の上で、何かがもぞもぞと動く感触。何事かと視線を向けると、 それから逃れるように黒い玉が地面に落下した。 その正体は木霊だ。まるまるとした身体が地面の上でバウンドし、 その度にぴろんぽろんと珍妙な音。そして○○を見上げると、 何かを示すようにぴょんと一度跳ねた。 暫しの視線の交差。 (ああ) そういえば、木霊はこちらの言葉が判るのだったか。 つまり彼のこの態度は、 「んー、もしかしてあれか。お前、俺達を案内してくれるってのか?」 ひょいと○○の隣から顔を出した少年に、木霊はおうよとばかりに身体を左右に揺らす。 「言っとくが、俺達が探してるのは人間様の食い物だぞ。 お前がどういう食生活してるのか知らんけど、お前用の食い物じゃないからな?」 木霊の小さく丸い身体が、二度ほど前へと曲がった。 「……もしかしてそれ、お前流の頷きか」 少年が神妙な顔で問うと、木霊はもう一度同じ仕草。本当に頷きらしい。 そして一度合図するようにぴょんと大きく跳ねると、 木霊は先程○○達が歩いてきた道をぽろぺんぴろぽんと戻り始めた。 「つーか、ホントにこっちの言う事通じてるのな」 呆れ顔で呟く少年。○○も似たような顔で同意の頷きを一つ。 あの珍妙な小さく黒い塊が、人間の言葉をほぼ完全に把握しているという事実は、 なかなか納得し難いものがあるが、しかし今までの── 木霊に箱舟の道案内をしてもらっていた時の経験も含めると認めざるを得ない。 そうこうしている間にも、既に木霊は珍妙な音を立てながら結構な距離を稼いでいる。 あの小さな物体、意外と移動速度が速いのだ。 ○○達がついてきていない事に気づいて、木霊は前進中止。 その場でぴろんぽろんと跳ねながら、こちらの様子を不思議そうに見ている。 その仕草を言葉に直すと、「どうしたのー? こないのー?」といった所か。 何となく微笑ましさを感じる木霊の動きに、少年は気を抜くように軽く息を吐いて笑い、 「──んじゃまぁ、頑張って“生きる努力”をしますかね」 そして○○の肩を軽く叩いて歩き出す。 「行こうぜ、先輩さん。腹が減っては軍《いくさ》は出来ぬってな」 そしてやって来たのは中央島の丁度真中辺り。特に濃く樹が茂るそこで、 先行していた木霊が停止。くるりとこちらに振り向くと。 目を虹のようにしならせてふよふよと身体を左右に揺らす。 「あー。あれな」 額に手の傘を作り、木霊が背にしていた一本の樹を見上げた少年が、 口を空けたままぽかんと呟いた。 ○○もその仕草に釣られるように樹を見上げる。 箱舟で見られる樹は、大抵は異様に太かったり、 少々の石壁など物ともせずにめり込んでいくような無駄に生命力に満ち溢れたものばかりだったのだが、 目の前に生えたそれはひょろりと細く、人の胴回り程度の太さしかない。 が、その枝葉は広く生き生きと伸びており、先端部には薄い黄色に黒い斑点の入った、 梨にも似た果物が、ぶらぶらと結構な数生っているのが見えた。 「なんだ、結構ちゃんとしてるのあるじゃねーか」 少年の言葉に○○もうんうんと頷く。 勝手にこの島には人の食べられるものなど一つも無いのだと思っていたが、 それは全くの勘違いであったようだ。 「そんじゃ味見と行きますかね──ってちと高いか。その上、 登るにしても幹の太さが少々不安だし、木登り向きの肌じゃねーな」 実が生っている位置は地面から凡《およ》そ四メートル程の高さ。 手を伸ばして届くような距離ではなく、かといって樹を登るのは、 少年の言う部分に問題がある。 さて、どうするか。取り敢えず軽く樹を蹴って、 その衝撃で実が落ちてくるのを期待するという手を思いつくが、少々自信が無い。 「ふむ」 と、隣に立つ少年の顔に不敵な笑みが浮かんだ。 どうやら妙案でも思いついたらしい。その表情から少なくともこちらの案よりはマシだろうと、 ○○は樹へと歩み寄る動きを止めて、少年のお手並みを拝見する事にした。 彼はにやにやと笑いながら、樹の前でこちらを見上げる木霊の傍にしゃがみこむと。 「ここはあれだな。木霊三等兵、君の出番ではないかね? ほれ、おいでおいで」 目の前に差し出される掌。 木霊はそれと少年の顔を見比べるように身体を前後へと揺らす。 「〜〜っ」 少年の態度と口調になにやら不穏な気配を感じているのか。木霊の動きはいつもより鈍い。 だが拒めない性質らしく、手招きされるとどうしても寄っていってしまうようだ。 何かの魔力に囚われたかのように、ぽろ、ぴろぽろ、とじりじり少年の方へと近づいて 、結局木霊は差し出された手の上に恐る恐る飛び乗った。 「さて、では行ってみようか。木霊三等兵、任務内容は勿論判っているね?」 木霊の丸い身体がぶんぶんと左右に捻れる。どうやらあれがノーの意思表示らしい。 成程、身体を前に曲げる仕草がイエスなら、あれは確かにノーだなぁ等と暢気に○○が考える中。 「あれ、判んねぇ? しゃーねぇ、なら俺のコントロールで何とかすっか。じゃ行くぞー、りゃ!!」 みー。 そんな泣き声のような音が尾を引いて飛んでいく。少年が手にした木霊を握り締めて、 勢い良く上へと投げつけたのだ。 樹の上方、幹の真ん中辺りにぶつかった木霊は、 ぴろーんと気の抜ける音を立てて跳ね返り、そして上手い具合に一本の枝先に嵌まり込んだ。 その勢いに木の枝は大きくしなり、反動で木霊の身体は更に跳ねて、 そのまま地面まで落下。次いで、その枝に生っていた実がぼとぼとと四つ程落ちてくる。 少年はその全てを器用に受け止めた。 「完璧。ご苦労、木霊三等兵」 少年の手の中に戻ってきた木霊は、目を×字にして身体をくるくると回していた。 酷い扱いだと気の毒そうに木霊を見る○○へ、 少年は逆の手で抱えていた果物を一つ投げて寄越す。 「んじゃ、いただきますかね。あー」 ん、と大口を開けて果物を齧《かじ》る少年に釣られる形で、 ○○も受け取った果物を口に運んだ。 「…………」 そして、お互い何ともいえぬ顔で黙り込む。 不味い、とまではいわないが。 なんというか──独特。 そしてその味のショックで、○○はツヴァイが言っていた事を正確に思い出す。 『庭園や、船尾の森では幾つか果物も採れますけれど、大抵の“迷い人”の方々は、 二度と口にしたくないと仰いますね』 ああ、成程。 確かにこれは、一度食べればもう結構。二度と食べたくなくなる味である。 「……おい、何納得顔してんだよ」 顔をくしゃくしゃにしている少年に、○○は今思い出した事をそのまま言葉にして垂れ流す。 舌から頭に響いてくる衝撃的な感触に半ば飲まれて、話す言葉を選ぶ余裕が無い。 「そういうのは食う前に言おうぜ、食う前に。心構えってものがあるだろ」 と言われても、思い出したのが食べてからなのだから仕方ない。 さて、どうしたものかと手にした果物を凝視する○○。と、 少年が苦みばしった顔でがつがつと果物を頬張る姿が視界の隅に映る。 不味いなら止めとけば良いのに。○○が呆れたように言えば、 「一応食えるんだから問題ないだろ。捨てるなんて真似できるかよ。お前も食えよ」 とか。 確かに味は酷く独特だが、毒があるようでもなし。○○は一つ溜息をついて、 渋面のまま食事を再開した。 しゃくしゃくと、水気の多い果実を齧《かじ》る音だけが暫くその場に響く。 我慢して食べていれば味にも多少は慣れるかと思ったのだが、それは楽観的希望、 己の都合の良い妄想であった事を痛感するだけの結果となった。三分の二辺りまで食べた所で、 ○○は口元を押さえながら少し休憩。 「…………」 と、そこで漸く、○○はじっと自分を見ている少年の視線に気づいて、面を上げた。 何か用だろうかと視線だけで問うと、 「ん。いや、な。あんたって、なんかこう、ぼーっとしてるなってな」 ぼーっとしている。 これは暗に貶されているのだろうか。判断に困って微妙な表情を浮かべた○○に、 少年は苦笑と共に首を振る。 「済まん。そういう意味じゃなくて、落ち着いてるっつーか、安定してるっつーか──そう、 認めちまってるってのが正しいか。この島の事に限らず、自分を取り囲んでるもの全部をな」 果物を一口。手の中にあるそれを、まるで仇敵《きゅうてき》のように睨んでから、 少年は言葉を続ける。 「先刻の話の感じだと、ここに来てからそんな大して時間経って無いんだろ? なのに、その辺の事を気にしてる雰囲気が全然ねーし。もうすっかり“割り切り” が出来ちまってんの?」 「……?」 少年が何を指してそう言っているのか判らず、首を傾げると、 「だから、お前にもあっただろ、家族とか、仲のいい奴とか──自分の居場所ってのが。 それが本だか判んねーけど、その中でだけのものだったって事を、納得できてんのかって」 ああ、と思わず声が出る。少年が何を言いたいのか、○○は漸く判った。 そして、そういえば先刻した自分についての説明の際、 彼に伝えていない事が一つあったのを思い出す。 ──自分には、名前以外の過去が無い事を。 「ここに来る前の事、何も覚えてねーの?」 眉を思い切りしかめてみせた少年に、○○は淡々と頷く。 そう。自分は、心の中に少年の言うところの“居場所” とやらを持っていないのだ。過去にはあったのかもしれないが、 少なくとも、今は存在しない。自分という存在はこの箱舟で目覚めた時に始まって、 そして今まで経験した事柄だけが、己の全て。 だから、箱舟に来る前に居た場所に対するこだわりなど持ちようが無く。 それ故に、今少年が訴える感情にも今ひとつ共感できないのだ。 「……成程ね」 それをそのまま伝えると、少年の表情から憤りのようなものがすとんと抜け落ちた。 「どっちかつーと、俺よりお前の方が辛いな、それ」 何処か憮然《ぶぜん》とした顔を浮かべた少年のその言葉も、 ○○にはやはりいまひとつ理解が出来なかった。 「だからさ。辛いってわかんねーことが一番辛い。そういう事」 判るような判らないような──つまり、それが判らないというこの状態が、 “一番辛い”と。そういう事なのだろうか。 「ま、強いて判る必要の無いことかも知れんけどな。気づかないって事は、 ある意味幸せなんだよ。あれだ、下手に頭が回るほうが人生は辛くなる、 適度にバカなのが丁度いいってこったな」 また遠回しに貶されているような気がするのだが。 ○○が半眼で少年を睨むと、少年は褒め言葉褒め言葉と肩を竦めて呟いて、 手にしていた果物の芯をぽいと投げ捨てて、 そして膝の上に置いていた残る二つを抱え直して立ち上がる。 「──さて、腹も落ち着いた事だし、そろそろ戻りますかね。 お嬢様の御召し替えもいい加減終わってっだろ」 彼の手の中にあるそれを、○○はじっとりと見る。 まだ食うのか、というかこんなものを良く何個も食えるなぁと○○が呆れた声を出すと、 「いやこれ土産」 言って、少年はひらひらと手を横に振って否定を示す。 土産。それはつまり、自分と一緒に出てきた少女にこれを持っていくつもりなのか。 「そ。あの姉ちゃん、偉い細っこかったからなんか食わせとかないとヤバイだろ。 倒れかねんし。それに、あのにこにこしっぱなしの姫様とか、 こっちの言う事に全然反応しねー姉ちゃんとかが、これ食ってどんなリアクションするか、 ちょっと興味湧かね?」 悪戯心か、それに包んだ親切心か。 少年はにやにやと楽しげな笑みを浮かべて、木々の隙間に見える古城の方へと歩いていく。 確かに、あの二人が一体どんな顔をするのか、 少しばかり気にはなる。○○は己の好奇心を満たすべく、先行く少年の後に続いた。 ─See you Next phase─ |
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